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一橋大学大学院社会研究科 内藤正典データルーム
...内藤正典による中東・西欧マンスリーを中心としたニュース解説、 「イスラームによるヨーロッパへの挑戦」をテーマのもとCOEプロジェクトにおいて制作した、 各国政治家へのインタビュー、イスラーム組織の実態などの映像コンテンツの一部を紹介するサイトです。

内藤正典:研究に関するメッセージ

内藤正典教授

現在関心をもっている研究分野は、中東・イスラーム世界の政治と社会の動向、イスラーム世界と西欧との国際関係、ヨーロッパの移民問題、イスラームに関する西欧メディアの報道。文献による研究よりも、自分の目と耳でおこなうフィールドワークを重視している。中東ではシリアとトルコを主な調査地域としてきたほか、イスラーム教徒移民の多いドイツ、フランス、オランダ、スウェーデン、イギリスなどヨーロッパ諸国で実態調査を続けている。


9・11以降、顕著に高まっている西欧世界とイスラーム世界との緊張緩和のために、何が必要なのかという課題が、近年の研究テーマである。この問題については、メディアの報道が大きな影響をもっていることから、一橋大学に、国際情報収集・発信基地を設置するプロジェクトに取り組み、2005年から研究・教育面での運用を開始する。HAMERS社との連携により、5基の衛星放送受信アンテナを設置し、アジア、中東、ヨーロッパからの衛星TV放送を網羅的に受信できるようにし、ひとつの事件が、アメリカ、ヨーロッパ、中東のメディアによって、どのように伝えられているのかをリアルタイムで比較分析することが可能になった。この情報基地の設置により、研究だけでなく、大学院レベルでの教育でも、国際政治・国際関係、地域研究の裾野を拡大し、メディア・リテラシーを飛躍的に向上させていくことを考えている。

一橋大学屋上のアンテナ

これだけの情報収集設備をもつ研究機関やマスコミは現在ほとんどない。日本社会を分析するのに、メディアに関する研究を欠かせないのと同じように、外国研究の場合でも、メディアの力を無視することはできない。この点は、日本における地域研究に決定的に欠けていて、新聞という活字メディアやインターネットの発達によって情報量は飛躍的に増大したものの、パブリック・メディアの分析は巨大な設備投資を必要とするために発達しなかった。一橋大学では、文部科学省からの予算措置を受けて、昨年度からこの情報収集拠点形成に着手した。


今日、日本の国際社会への貢献は不可避である。グローバリゼーションの進展そのものについては、賛否さまざまな意見があるが、日本と日本人は、否応なく、国際情勢の渦中にあるのであって、これを旧態依然とした視角や、あまりにドメスティックなイデオロギー的な視座から分析し、論じるのはあまりに国際感覚が欠如している。カントリーリスクの調査によるリスクマネージメントは、今日の日本にとって急務だが、絶えず現地のインフォーマントを介して行うには無理がある。しかも、ジャーナリズムは、重大な事件が発生した場合に取材と報道を行うことを主たる任務としているのであって、世界各地の日常の情報を伝えることは少ない。事件も起きていない段階での日常的な情報を収集には、むしろジャーナリズムや政策実務から離れた大学のような研究・教育機関の方が適している。それが、今回、世界各地の衛星放送受信基地を設置したねらいである。

同時に、一橋大学国際情報基地は、大学が独自に行う調査・研究の成果を映像コンテンツとして制作し、発信する機能を備えている。これにより、現地調査で収録したVTRを番組化し、教育・研究に役立てるほか、マスコミへの提供をおこなうプロダクション的活動を行っていく。社会科学の総合大大学として、先端的なIT技術を活かしつつ、コンテンツの充実を図ることによって、研究・教育だけでなく、積極的に社会的貢献をめざしていこうと考えている。 私は、2004年度に文部科学省によって採択された世界的研究拠点形成プログラム(21世紀COEプログラム)『ヨーロッパの革新的研究拠点』にも関わっており、このプロジェクトでも、「イスラームによるヨーロッパへの挑戦」というテーマを担当し、各国での政治家へのインタビュー、イスラーム組織の実態などを映像コンテンツとして制作し、これらをディジタル・アーカイブとして記録していく事業を実施している。

個人的なプロフィールを明らかにするのは好きではないが、以上に述べたことと関連することだけ書いておきたい。それは、私自身が受けてきた教育と研究のプロセスが、今日の関心と仕事に結びついているからである。中学生だったころに大学紛争の嵐が吹き荒れ、高校生になるころには、イデオロギー的な枠組みで社会の事象を論じることを嫌悪するようになっていた。そのため、社会科学から遠ざかり、生命科学を学ぼうと理系に進学したのだが、進路を決める段階になって、自然科学というものは、やはり努力だけではどうしようもなく、才能を必要とするものだと思い知らされた。自然科学的な才能のなさを知ったあと、近接分野として科学の歴史と哲学を学び、中世アラビア科学史の手ほどきを受けたことが、中東世界との最初の出会いだった。その後、大学院で地理学を専攻したが、すぐにシリアに留学する機会を得て、二年間、アラブ世界の日常に浸かりながら、水資源管理と沙漠化についての調査をした。

しかし、1980年代初頭のシリアは、ムスリム同胞団のテロと政府による弾圧のさなかにあり、私自身、軍に拘束され、自宅が爆弾テロの被害にあい、目の前で銃撃戦が展開されるなかでの調査であった。そのような状況に身を置いて研究していくうちに、イスラーム復興と国家の関係、異なる民族や宗教の共生の問題へと関心を移すことになった。現代社会の研究を中東の地で行うことは、との当時はあまり意識しなかったが、それこそ、命がけだったのである。政府機関から調査許可を得ていても、現実には情報機関や憲兵隊との追いかけっこで、結局は、バース党の監視を逃れることはできなかった。

後に、フィールドをトルコに移したのも、直接は、民衆からの聞き取り調査をシリアで継続するのは困難だったからである。トルコでも、やはり現代社会に関する研究をおこなうには一定の困難があったが、冷戦の崩壊とその後の世界的な民主化の潮流に助けられて、イスラーム復興と民主化という大きな課題に向き合うことになった。移民や難民の急増によって、ヨーロッパ諸国にもイスラーム教徒は多数居住している。こうして、ヨーロッパ諸国と中東とを往復することによって、現在の研究テーマをあくまで現実の人間の声にもとづいて追究していくことになったのである。

数々の海外衛星放送を受信できる一橋大学の衛星設備

研究の素材を文献だけに求めないのは、イデオロギーの殻を打ち破ろうとしない多くの学術論文や書物にうんざりした経験がもとになっている。古典を精読することの意義や最新の文献にあたることの意義を軽視するつもりはまったくないし、さまざまなジャンルの文献を読んでいくことで、新たな発見をすることは多い。しかし、書物というものは、多くの場合、一定の知識をもち、ものを書く力のある人が書いているのであって、それが時代の声であるかどうかは即座に断定できない。だからこそ、インテリだけに研究のリソースを求めることは危険だと思っている。


近代西欧にうまれた学問の枠組みも同じことで、西欧以外の世界の人たちからみると、実際、的外れな分析をしていることも少なくない。西欧にとって隣接する世界であり、長い歴史の中で、たえずイスラーム教徒への恐怖と優越感が混在していた西欧世界で書かれたイスラームに関する文献は、この問題がもっとも深刻なレベルで表れてしまう。イスラームを脅威だと断じるまえに、彼らの日常を知らなければリアリティのある分析はできない。こうして、私は自然科学から人文科学、そして最期に社会科学へとたどりついたのである。



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