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一橋大学大学院社会研究科 内藤正典データルーム
...内藤正典による中東・西欧マンスリーを中心としたニュース解説、「イスラームによるヨーロッパへの挑戦」をテーマのもと COEプロジェクトにおいて制作した、各国政治家へのインタビュー、イスラーム組織の実態などの映像コンテンツの一部を紹介するサイトです。

内藤正典:中東・西欧Monthly

2008年1月7日 中東・西欧Monthly

パキスタン、ブット元首相暗殺が示す『不安定な回廊』の形成

昨年末、パキスタンのブット元首相が暗殺された。誰が実行犯なのか、当分、真相は解明されないだろう。アル・カーイダのようなイスラーム過激派の名前もあがっているが、同時に、ムシャッラフ大統領にも非難の矛先が向かっている。

パキスタンの、この状況は、予想できることであった。軍は、ムシャッラフ政権を支える基盤だが、軍統合情報部(ISI)は、ムシャッラフ政権にとって両刃の剣となっている。一方で、統合情報部の幹部は軍の幹部であるから、ムシャッラフ政権の主要支持基盤の一部に食い込んでいる。他方で、統合情報部がターリバーンの育成に関与したことも知られており、いわば、政権に脅威を与える子どもを育てた。

冷戦の終焉期に、アフガニスタンに侵攻したソ連に対抗するために、イスラーム主義を掲げる武装抵抗勢力を米国の支援のもとで育成し、結果的にターリバーンという制御不能なイスラーム主義集団をつくりだしてしまった。これがパキスタンの不幸である。ターリバーンであろうが、他の組織であろうが、ムスリムとして「正しい道に邁進する=ジハード」に覚醒したムスリムたちは、イスラーム的に不公正な政権に敵対する。不満が議会制民主主義をつうじて解消されれば、大きな問題にはならない。しかし、多くの国では、独裁か、権力が一部に集中しているから、不公正への抵抗は暴力的なかたちをとって現れる。したがって、ブット元首相の暗殺を仕組んだのがアル・カーイダであるか否かは重要な問題ではない。

米国にせよ、ムシャッラフ政権にせよ、不都合な事態が起きると、アル・カーイダの名前を挙げるが、いまだに組織の実態も解明されないこの組織の名前を一人歩きさせ、ビッグネームに仕立てたのは、他ならぬ米国であり、米国の傘のもとにある各国の指導者たちである。

ブット元首相の帰国には、米国の矛盾した対応がある。矛盾ではあるが、米国としては、ほかに方法がなかったのだろう。ムシャッラフ政権が独裁色を強めることに対し、米国や英国は、パキスタンの民主化をうながすために、政敵であるベナジル・ブットを送り込んだ。当初1月8日に予定されていた総選挙に、ムシャッラフ派に対抗させるかたちで名望家ブット一族率いるパキスタン人民党(PPP)を参加させ、「民主化」への一歩を踏み出したことを印象づけ、実際には、ムシャッラフ+ブットの協調によって、イスラーム過激派の台頭を抑止しようというのだろう。パキスタン・イスラーム教徒連盟(PML-N)を率いるナワズ・シャリフ元首相が帰国したのも、複数政党制による一種の「リベラル・デモクラシー」が、かたちだけでも成り立つことを期待してのものと言えよう。ブッシュ政権のもとでの一連の「中東民主化」の大義名分と同じことだが、この政策は絶対に成功しない。そればかりか、パキスタンからトルコにいたる地域の安定を著しく損ない「不安定の回廊」を創出する危険がある。

外圧による「民主化」は失敗する。すでに、米国はアフガニスタンで同様の失敗をおかしている。英語を流暢にあやつるカルザイを大統領に据え、外見だけは、各地域を支配する部族長による封建的体制を変えてみせたが、国内の統合と民主化が成功したとはとても言えない。結局、南部地域でのターリバーンの台頭を抑制できなかったばかりか、部族長支配の構造も変わっていない。

地図を眺めてみよう。パキスタンから西をたどると隣国はアフガニスタン。アフガニスタンの西にはイラン、そしてその西にはイラク、さらにその西には、ヨルダン、パレスチナ、イスラエル、そして北西にトルコがある。いま、世界でもっとも不安定な回廊がそこには存在する。

パキスタンの隣国イランは、アフマディネジャド政権のもとで核開発をはじめ、米国への敵意をあらわにすることで、国内の不満を外へそらそうとしてきた。イラン国内でアフマディネジャド大統領の統治が成功しているとは思えないが、米国が敵視を強めれば強めるほど、イラクのフセイン政権とおなじことで、イラン国民はアフマディネジャドのポピュリズムに傾斜する。

イラクでは、中南部のスンニー派とシーア派アラブの対立が融和に向かうとは、当分の間、考えにくい。占領後の利権の配分について、両派が折り合わない限り、イラク北部を拠点とするクルド自治政府が、抜け駆けするかたちで独立色を強めることになる。ここで焦点となるのは、現状ではクルド自治区に編入されていないキルクーク地域の帰属問題である。キルクークは、イラク北部における主要な油田地帯であり、油床は、キルクーク周辺の地下に北西部から南東部にむけて分布している。

現在のイラク憲法では、2007年12月末までに、キルクークの帰属を決める住民投票を実施することになっていたが、12月、急遽キルクークを訪問したライス米国務長官は延期を求めた。実施を急ぐクルド自治政府に反して、キルクークでの少数派であるアラブ系住民とトルクメン人は、住民投票に反対している。

キルクークを取れなければ、クルド自治区は独立しても経済的にやっていけない。他方、スンニー派にとっても、キルクークを失うことは経済基盤の喪失を意味する。イラクの主要な地下資源は、北部のキルクーク、南部シーア派のルマイラに集中しているため、スンニー派は資源を失い、権益を失う。この状況をスンニー派が容認するはずはないから、キルクークの住民投票が実施に近づけば、彼らの攻撃はクルド自治区に向けられる。新たな内戦の危機である。

キルクーク帰属問題という時限爆弾を抱えるイラク北部に対して、昨年12月からトルコが越境攻撃を継続している。トルコ政府とトルコ軍は、クルド自治政府に敵対しているのではない。自治政府内に拠点を構えるPKK(クルド労働者党)を攻撃しているのである。PKKは、2006年以来、トルコ側に越境してテロと武装闘争を繰り返した。2007年一年間で、トルコ側(クルド人住民を含む)の犠牲者は100人を超えた。とくに、9月〜10月にかけて、トルコ領内を警戒中のトルコ軍に対してPKKが戦闘をしかけ、戦死者が急増したことでトルコ世論は沸騰し、にわかに越境攻撃を求める世論が高まった。

10月にトルコ大国民議会は政府に越境攻撃容認の全権を与え、12月1日、政府はトルコ国軍に越境攻撃の指示を出した。1日、16日、22日、25日、26日と相次いで、トルコ軍は空爆と地上からの砲撃によって、PKKの拠点地域を攻撃した。  クルド自治政府を率いるバルザーニ議長は激しく反発したが、PKKに関しては、トルコのみならずイラク中央政府、米国、EUもテロ組織と認定している以上、バルザーニ議長の反発は、国際的な支持を得られない。

PKKはトルコ側のクルド人地域を「北クルディスタン」と称し、イラク側の「南クルディスタン」との併合を唱えている。国土・国民の絶対不可分を憲法原則とするトルコ側は、その活動を断固として阻止する姿勢を崩さない。米国は、イラク占領当地で唯一協力的だったクルド自治政府を失うことはできないが、NATOの同盟国であるトルコを失うことも出来ない。板ばさみのなかでの最後の選択は、PKKをテロとの戦いにおける共通の敵と位置づけ、PKK掃討に関してのみトルコの越境攻撃にゴーサインをだすことだった。

作戦が実行されているトルコ・イラク国境地帯は3000メートル級の山岳地帯で、3月以降、雪解けの季節を迎えるまで、装備が不十分なPKK側の活動が活発化することは考えにくい。それまでのあいだに、トルコ軍はPKK側の兵站を徹底的に破壊する。しかし、春を迎えて、PKKの攻撃が再燃するならば、トルコ軍は大規模な地上軍の展開を視野に入れて越境攻撃を行うことになる。

穏健なイスラーム国家の危険

ここで注目すべきは、米国のトルコエルドアン政権への対応である。エルドアン政権自体は、国内東南部に集中するクルド人との敵対関係を回避したい。2007年7月の総選挙でクルド人地域でも大量に得票し、クルド人の権利拡大をめざすDTP(民主社会党)をおさえることに成功した。クルド人側にも、クルド民族主義を強調することで、国内に軋轢を生み、90年代のような激しいトルコ軍との衝突を回避したいという思いがある。そこで、「トルコ人、クルド人という民像の相違による対立を避け、みなムスリムの兄弟として共存の道を図ろう」というイスラーム政党としての与党公正発展党の主張を浸透させることに成功したのである。

公正発展党は、総選挙当時、イスラーム保守派の議員を候補者からはずし、中道色を強調し、国民政党への脱皮を図ったかのようにみせた。だが、その目標はイスラーム主義政党であり、トルコ共和国が憲法で国是とする世俗主義(国家と宗教の絶対分離)および国土と国民の絶対不可分という二つの原則を緩めることにある。もちろん、強権的にこれらの改革をおこなうことなど考えていない。民意の反映として、民主化の成果として、これらの「改革」を実現しようとしている。

米国ブッシュ政権は、総選挙後のトルコが「穏健なイスラーム国家」に変貌しようとしていることを支持している。あるいは支持せざるをえない。トルコ国軍が、イラク越境攻撃を早い段階から強く主張していたのに対し、エルドアン政権は慎重な姿勢をとり続けた。10月17日に国会が越境攻撃を承認してからもPKK側の攻撃は激しさを増したが、エルドアン首相は、あるときは「軍の欲するようにする」と発言し、またあるときは「越境攻撃よりも前にやるべきことがある」と発言して、国内メディアと世論を撹乱した。しかし、この発言のぶれは、国民のあいだに、越境攻撃の是非ある程度冷静に考える猶予を与えたともいえる。マスコミは、越境攻撃によって何を得るか、何を失うかを報道した。

とくに、トルコが現在、世界的に例のない高金利政策をとり、株式市場には7割ちかい外資が入り、トルコへの投資額も2002年(第一次公正発展党政権発足)以来10倍に増え、200億ドルに達している。エルドアン首相の発言のぶれ、特に、「他にやるべきことがある」旨の発言は、「このバブル景気が、越境攻撃によってしぼんでもいいのか」という警告の意味をもっていた。国民は、国防の担い手としての国軍に対して絶大な信頼を寄せている反面、経済政策については目先の好景気を失いたくない。クルド系の国民は、攻撃が大規模化することで、結果的にトルコ人対クルド人という対立が深まることを望んでいないし、エルドアン政権も、クルド人の支持を失いたくない。

11月5日エルドアン首相が訪米してブッシュ大統領との首脳会談の際に、何が交渉されたのか。焦点はそこにある。ブッシュ大統領は、PKKを「米・トルコ共に、PKKをテロとの戦いの共通の敵」とすることを再度明言した。PKK掃討にあたって、米軍とトルコ軍とのあいだで「情報の共有」がなされることも示された。では、トルコには何を求めたのか?もちろん、クルド自治政府と敵対せず、PKK掃討に限定することを求めたのは確実である。

だが、それだけなら首脳会談が必要だっただろうか。トルコ側では、さまざまな憶測が流れた。その一つは、米国側が、トルコに、クルド自治区が実質的に独立していくことへの黙認を求めたというものである。トルコは、イラク開戦にあたって、統一イラクの崩壊を強く懸念し、現状の国境線の変更だけは絶対に容認しない姿勢をとった。イラン、シリアなどイラクの隣国も同じ姿勢である。

ただ、イランとシリアは米国の同盟国ではない。イラクの国境線変更を断固として認めないという「同盟国」はトルコ一国であった。同盟国トルコの黙認をとりつけることは、イラク撤退のシナリオを描くブッシュ政権にとっては必要なステップである。PKK掃討のためにイラク領内へ越境するという想定外の事態に、米国としては、クルド自治政府の不安定化だけは避けなければならない。

もはや、イラク再建に残された唯一の「誇るべき成果」は、これまで国を持たなかったクルドの独立以外にないのである。したがってクルド自治政府を不安定化させる引き金をトルコが引くことだけは阻止したいのがブッシュ政権の本音であろう。  それに対して、ブッシュ政権はエルドアン政権に何を与えたのか?越境攻撃容認だけだったのだろうか?この点についてトルコ国内の世俗主義擁護派には疑念が生じている。エルドアン政権にとって、米国からの資金注入は、国内のバブル景気と高金利政策を維持するうえで不可欠である。資金注入はエルドアン政権を安定させる。安定させれば、エルドアン政権は、イスラーム圏唯一の「世俗主義」国家を、「穏健なイスラーム国家」に変貌させるという彼らの夢を実現することも可能である。

パキスタンでも、アフガニスタンでも、周到な準備もない外圧による民主化で失敗してきた米国が、トルコを「穏健なイスラーム国家」にしてかつ「民主的な国家」のモデルケースとして支援することは充分にありうる。実際、米国主導で、外国からホット・マネーが流入しつづけるかぎり、一定期間バブルの崩壊を先延ばしにできるかもしれない。それは一年か、二年か、いまのところわからない。だが、年利17%に達する預金金利、中流以上の国民がきそって年率60%にも達するカード・ローンを組んでいる現状で、どうやって債務を返済できるのか?そのためには、トルコ中銀に充分な外貨準備が必要である。政府は、国営企業、政府系企業を次々に民営化し、外資に売却しているが、いつかその資産も尽きていく。その先何が訪れるのか?現在、エルドアン政権は見通しを示していない。

米国の支援で、トルコが穏健なイスラーム国家路線に転じた場合、軍部との緊張は高まる。しかし、米国をはじめとする外資が、いつまでトルコ市場に金をつぎこむことができるのか。高金利政策の破綻が明らかになる前に、外資は手を引くだろうし、そうなればバブルは崩壊する。エルドアン政権が高金利政策をつづけているのは、米国の後ろ盾あってのことである。だが、米国は気づくべきである。イスラームには、穏健も過激もないことを。イスラームには、穏健と過激とのあいだに一線を引くことはできないのである。

エルドアン政権は、すでに官僚機構のトップに、イスラーム色の強い人物を据えている。裁判官や検事の任用試験に筆記試験から口頭試問を取り入れることで、「人物像をみる」方向に転換しようとしているが、これは司法の独立を侵す危険があるとして、弁護士連合会などが強く反対している。世俗主義の擁護を掲げる野党は、完全に手詰まりの状態で、与党の先を行く政策を打ち出すことができない。残るは軍部だけである。

米国がリセッションに入り、トルコへの資金流入が鈍化して経済危機に陥ると、トルコ国内では、現政権よりも、さらに過激なイスラーム主義勢力が台頭する可能性を否定できない。その場合、拠点は、皮肉なことにクルド人の多い東南部地域と、大都市部の貧困層になる。社会的不公正をイスラーム主義によって正そうという運動に惹きつけられるのは、彼らである。そのとき、軍部は最後の手段によって、共和国の原則「世俗主義」と「国土と国民の絶対不可分」を守ることになるかもしれない。


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