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一橋大学大学院社会研究科 内藤正典データルーム
...内藤正典による中東・西欧マンスリーを中心としたニュース解説、「イスラームによるヨーロッパへの挑戦」をテーマのもと COEプロジェクトにおいて制作した、各国政治家へのインタビュー、イスラーム組織の実態などの映像コンテンツの一部を紹介するサイトです。

内藤正典:中東・西欧Monthly

2007年7月30日 中東・西欧Monthly

トルコ総選挙の結果〜リベラル・デモクラシーの成果か?

結果

7月22日に行われたトルコの総選挙では、与党、公正発展党(AKP)が46.49%の得票で340議席、最大与党だった共和人民党(CHP)が20.9%で112議席、第三党に極右の民族主義者行動党(MHP)が14.28%で71議席、無所属が27議席(うちクルド系24)という結果に終わった。

与党公正発展党は前回2002年での得票率が35%あまりだったから、10%以上得票をのばした。共和人民党は得票率では微増。民族主義者行動党は前回の8%台から躍進した。ところで、改選前の与党の議席は360前後(最後に離党者が出たので最終的には350まで減少)だったから、与党は20議席減になった。同様に、CHPは40議席近く減らしている。MHPは、前回議席獲得がならなかったので一挙に71議席を増やしたことになる。

これは、トルコが政党として10%以上の得票がないと議席を認めない方式をとっているためである。10%未満の政党は、議席を得られず、今回も政党あての投票としては20%程度が死票となった。一方、無所属の議員については、定員の定められた選挙区での得票率で政党と競うことになるので、全国規模での10%下限条項は適用されない。

総括

今回の総選挙は、本来11月に予定されていたものだが、4月に行われた大統領選挙(議会による選出)で、与党候補のアブドゥッラー・ギュル外相(当時)を選出できないという異常事態に端を発して前倒しになったのである。

与党がイスラーム主義勢力であるため、トルコの憲法原則である世俗主義を掲げるCHP はギュル候補に反対し、投票をボイコットした。他の少数野党もボイコットしたため、議場に第一回投票で「当選に」必要な367人の議員がいないという事態ものとでの投票になった。これに対して、CHPは憲法裁判所に投票の無効を訴え、認められたため、政府は議会を解散、総選挙に打って出た。大統領選挙の過程で、イスタンブル、アンカラなどで大規模な反対運動が起こり、ギュル大統領では世俗主義が守れないという危機感が市民から表明された。軍部も世俗主義への危機感を4月23日に統合参謀本部のウエブサイト上に表明し、新たな政治干渉として欧米のマスコミから「e-coup」と揶揄された。

4月末の時点では、国是としての世俗主義vsイスラーム主義の対立という構図が強調されていた。だが、4月末にイスタンブルでのギュル大統領反対集会をみた私には、トルコの世俗主義系メディアや欧米のメディアが報じたような「世俗主義vsイスラーム」という構図ではないと考えていた。むしろ、過去のEU交渉や、隣国イラクからのPKK侵入によるテロなどから、いまだかつてない反EU、反米感情が高揚しており、反動によるナショナリズムの高揚がもたらした現象ではないかと考えたのである。(PKK=クルド労働者党。トルコでのクルド民族分離独立を掲げる共産主義ゲリラ勢力。トルコでテロを繰り返し、35000人におよぶ犠牲者を出してきたところから、トルコ政府、EU、アメリカからもテロ組織と認定)

実際、選挙戦がはじまると、これは偶然だったが、PKKによる越境テロが頻発するようになり、5月22日には首都アンカラで始めて自爆テロが発生し多くの犠牲者を出したし、国軍兵士の死者も相次いだ。このため、軍の苛立ちは頂点に達し、ブユクアヌト参謀総長は、繰り返し、PKK掃討のためにイラク国境を越えてバッファーゾーンの構築が必要だとの認識を示した。実際、何度か、イラク側に着弾する砲撃はすでに行われており、その都度、イラク外務省、クルド自治区政府はトルコに激しく反発している。

このような状況のもとで、選挙戦の争点に「テロ問題」が急浮上した。当初、大統領選挙で浮上した「世俗主義vsイスラーム」の構図は、急速に終息していった。

AKP勝利の要因

では、何が選挙戦の争点となったのか?MHPはテロ問題に加えて北イラクのクルド自治区の動静をとりあげ、クルドが独立を志向するなら断固として干渉すべきだという姿勢を鮮明にした。MHPの躍進は、PKK問題の再燃によるものと言って間違いない。

一方、AKPの大勝には、いくつかの理由がある。

1.大統領選挙で同党のギュル外相が候補になったことで激しい異論が世俗主義擁護派の市民や軍部からあがったことに構成発展党側が配慮し、候補者から保守的なイスラーム主義者を排除し、中道色を打ち出したことで、親イスラーム的傾向の国民以外を取り込むことに成功した点。
2.PKK問題から越境攻撃の可能性が高まるにつれ、国民のあいだに、政治・経済不安定化への懸念が生じてきたことを指摘できる。表向きは、軍部の怒りを当然としつつも、自分の生活が「今よりも悪くなる」ことだけは避けたいと願う低階層と富裕層の利害が一致し、政治的イデオロギーを棚上げにして公正発展党を支持したのである。
3.過去5年間の公正発展党政権の下で、少なくとも、それ以前の政権よりも生活が悪化しなかったという実感をもつ国民が多数いたこと
4.国民経済のスケールでも、飛躍的な発展を示していたこと。
5.AKPが、当初の懸念(イスラーム圏に接近するのではないか)に反して、EU交渉を積極的に進め、イラク戦争をあいだに挟んだにもかかわらず対米関係を悪化させることなく乗り切っていること。逆に野党の共和人民党(CHP)は、EU交渉でのEU諸国側のダブルスタンダードに異論を唱えるだけに終始して具体的な交渉ビジョンを示せなかったこと。結果として、対西欧関係も、対イスラーム圏外交も、バランスを維持することに成功した点。
6.PKK掃討については軍にフリーハンドを与えるとしながらも、北イラクのクルドには干渉しない姿勢を打ち出したことが、東部・東南部のクルド人に対して融和的なメッセージとなり、クルド票の取り込みに成功した点。実際、クルド人が多数を占める地域でもAKPは多数の議席を獲得した。特に、ビンギョル、ウルファなどでクルド系の無所属候補を圧する勝利をおさめているのは、MHPのような極右の台頭を恐れるクルド人の不安を反映している。クルド系候補も全体で24議席を確保したが、彼らだけを勝たせると、後に必ずトルコ民族主義との対立が避けられないという思いが、クルド票の分断をまねいている。

次の焦点

大統領選挙である。新たに選出された議員からなるトルコ大国民議会は、ただちに大統領を選出しなければならない。大統領を国民の直接投票にすることを含む憲法改正パッケージ法案は、10月21日に国民投票にかけられることはすでに決まっている。しかし、セゼル大統領の任期はすでに終わっており、国民投票が実施される前に、新議会が発足する以上、現行憲法の規定にしたがい、議会によって第11代大統領を選出する必要がある。

候補者は誰か?現時点では、与党側はギュル外相を候補とする方向である。問題は、第1回投票に必要な367議席を与党はもっていない点にある。野党のなかから、第1回投票に参加する政党があれば、ギュルが大統領に選出される可能性は高まる。

7月26日、MHPのバフチェリ党首は、大統領選挙の投票を欠席しないことを表明した。ただ、党内の合意が得られるかどうかはまだ確定していない。もし、MHPが投票の際に議場にいれば(賛成投票をする必要はない)、第3回投票以降で、過半数を得れば当選となるので、与党候補が大統領となる。だが、この場合、4月の騒動はなんだったのかという疑問は、トルコ国民自身に向けられることになろう。そして、世俗主義の断固たる擁護者をもって任じる軍部は、危機感を深めることはまちがいない。


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