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一橋大学大学院社会研究科 内藤正典データルーム
...内藤正典による中東・西欧マンスリーを中心としたニュース解説、「イスラームによるヨーロッパへの挑戦」をテーマのもと COEプロジェクトにおいて制作した、各国政治家へのインタビュー、イスラーム組織の実態などの映像コンテンツの一部を紹介するサイトです。

内藤正典:中東・西欧Monthly

2007年5月9日 中東・西欧Monthly

特集 07トルコ大統領選挙

混乱するトルコ大統領選挙(1)

ギュル外相への異論は合理的だったか

トルコの大統領選挙が混迷を深めている。4月下旬に、唯一の候補として、与党である公正発展党は、アブドゥッラー・ギュル外相兼副首相を選出した。このこと自体、相当に熟慮の上での選択だった。本来なら、首相であり党首のレジェプ・タイイプ・エルドアン首相が候補となるのが順当なのだが、首相はイスラーム色が強く、かつて政治演説のなかでイスラームに言及したことで訴追され、刑に服した過去がある。トルコは、世界的にも最も厳格な政教分離を憲法原則としており、政治家が宗教的な発言をすると訴追されてきたのである。もっとも、この点は、EU側から、表現の自由に関する行過ぎた干渉として、たえず批判されてきた。

そのため、国内の世俗主義派(イスラームが政治に介入することを嫌悪する人々)は、エルドアンが大統領になることを絶対に容認しない。ビュレント・アルンチ国会議長は、人望の点で弱い。そこで、見た目に反して人当たりがよく、政治家としても経験豊富なギュル外相・副首相が候補になったのである。だが、これは公正発展党にとっては打撃でもある。彼は、次期首相候補と目されていた。イスタンブル大学で経済学を専攻し、サウジアラビアにあるイスラーム開発銀行に勤務したエコノミストであり、外交についても90年代の福祉党政権(後にエルドアンの公正発展党に分離したが、エルバカン元首相が率いたイスラーム政党)下でも、対イスラーム圏外交を仕切る国務大臣を務めている。強面のエルドアン首相よりも、ソフトで手腕も高いと評価されてきたので、党内では次期首相と目されていた。

ところが、大統領選が目前に迫るにつれて、国内の世俗主義勢力、なかでも世俗主義の擁護者を自ら任じる軍部が、大統領、首相、国会議長の三者が、全員イスラーム政党からでることに強い難色を示し始めた。現在のセゼル大統領は、元憲法裁判所長官で、世俗主義派である。そのうえ、きわめて象徴的な意味を持ったのが、大統領夫人が、頭をスカーフで覆っているか否かという点であった。エルドアン首相、ギュル外相、アルンチ国会議長とも夫人はスカーフを着用している。このスカーフが、トルコでは、イスラームの政治化を象徴するものとみなされてしまうので、たえず激しい論争になってきた。これまでの大統領夫人で、スカーフ着用者はいなかったので、今回、トルコ共和国建国以来、初めて、スカーフを着けたファーストレディの誕生の可能性がでてきたのである。実は、この点が世俗主義派に激しい反発を起こして、大統領選を混乱させる原動力になった。

現在のセゼル大統領は、国家首脳の夫人がスカーフを着けることに強い嫌悪を隠さず、大統領主催の公式行事に、スカーフ着用を理由に、首相夫人、外相夫人、国会議長夫人を招待しない。外から見ていると、たかがスカーフぐらいで、と思うかもしれないが、ムスリム世界にあって唯一、政治とイスラームを完全に分離させたトルコでは、スカーフは、イスラームを象徴する衣装とみなされるので、世俗主義派には、決して譲れない一線なのである。

混乱の原因

第一回投票は4月27日に行われた。大統領選挙は一院制のトルコ大国民議会の本会議で全議員が参加する。これが混乱した。大統領選出に関する法律の規定では、第一回投票で全議席の2/3にあたる367票以上を獲得しないと選出されない。第二回投票も同じ。第三回投票からは全議席数550の過半数の276票が以上獲得すればよいことになっている。与党の議席数は353だから、367に足りない。

そこで、野党の共和人民党が、公正発展党の大統領選出をなんとか阻もうと奇手を思いついた。投票を行う本会議をボイコットして、最初から367人揃わなくしてしまえば、投票そのものが無効になる、そうすれば、第二回投票に進めず、現在の議席配分では、永遠に大統領を選出できないことになる―という理屈を考えついて、本会議を欠席したのである。しかし、議場の様子を見ようと7人の野党議員が議場に入ってしまったので、与党は、368人議場に居たじゃないかと主張して、これがまた揉めた。なかなか間抜けな話で、共和人民党のバイカル党首はすぐ携帯で呼び返したが、与党に、頭数を数えられてしまうという失態を犯した。

まあ、一応はその7人を除いて361人が議場に居たということになると、367人に達しない。そこで、共和人民党は、憲法裁判所に、第一回投票そのものが無効であるとの訴えを起こした。憲法裁判所が無効という判断を示せば、議席数からみて、少数野党の祖国党(20議席)、正道党(4人)と無所属議員のなかから、14人が公正発展党に協力して投票に参加しない限り、永遠に367人を獲得できない。そうなると大統領を選べない事態になるから、内閣解散、早期総選挙(本来は11月)という政治日程に進まざるを得ない。

もし、憲法裁判所が共和人民党の訴えを退けた場合、第一回投票は有効となるため、第二回投票(5月2日)に進む。ただしここでも367票を得ることは出来ないから、第三回投票に進む。ここからは全議席の過半数を得ればよいので、276票を得れば大統領に選出されることになる。つまり、憲法裁判所が、野党の訴えを無効とした場合、ギュル外相の大統領選出が決定的になる。

野党の戦略は、奇手には違いないのだが、法律的に有効かどうかということになると、トルコ国内でも判断が分かれている。トルコの憲法では、国会(大国民議会)が本会議を開くための定足数を議席数の1/3としている。しかし、大統領選出のための本会議の定足数を別途定めてないのである。したがって、与党側は、定足数に関する唯一の規定は、184人が議場に存在することしかないとする。したがって第一回投票は有効であり、今後、粛々と第二回投票以降のプロセスに進めばよいはずだと考えた。

野党側は、第一回投票で選出するに必要な367票を投票しうる人数がそろっていないのだから、投票そのものが無効だというのである。さて、憲法裁判所はこれをどう判断するか?これを書いているのは4月30日なので、5月1日、ないし2日に示される判断次第ということになる。

憲法裁判所の判断について若干の説明をしておこう。トルコの裁判制度は、個人対個人の訴訟をあつかう一般裁判所と個人対行政(国家)の訴訟をあつかう行政裁判所に分かれる。この点で日本とは違う。それ以外に、憲法上の異議がある場合、つまり何らかのプロセスが憲法に反して行われていると考える場合、直接、憲法異議を申し立てることができる。今回の場合、「選出できるはずのない選挙」をおこなうことが憲法に反するとして、野党の共和人民党が提訴したのである。

しかし、法律家のなかには、この提訴を無効とする意見も強い。そもそも憲法裁判所が違憲判断を示せるのは、憲法に規定されていることがらに反して、何かが行われた場合である。今回の投票の場合、大統領選出の投票を行うことは、現大統領の任期満了にともなう正常なプロセスである。次の大統領を選出するにあたって、候補者が気に入らないからといって、議場に来ないのであれば、与党が絶対多数の367人の議員を確保していないかぎり、可能性としては、たえず大統領が選出できないことになる。実態としては、これまで、複数の政党の合従連衡によって、この事態を避けていたにすぎない。大統領選出をおこなう国会の本会議の定足数に関する規定が法律に存在しない以上、存在しない規定をめぐって憲法裁判所が違憲判断を示すことはできないというのである。通常、こういう予期せぬ事態が起きた場合には、憲法裁判所は、立法府たる大国民議会に立法措置を命じることは可能である。しかし、今回の大統領選挙にあたって、それをおこなうには、とりあえず、現在の規定にしたがって大統領選挙を実施し、そのうえで、国会を解散して新たな議会が、立法措置を講じなければならない。

衝突を避けるための早期総選挙

そこで、4月30日あたりから、早期総選挙は避けられないという意見がマスコミを賑わせることになった。そこには、これ以上の混乱を避けるべきだという世論が強く反映している。27日の第一回投票の直後、トルコ国軍統合参謀本部は、インターネット上に強い批判的意見を掲載した。今回の大統領選挙にあたり、国家の基本原則たる世俗主義が危機に瀕していることに強い憂慮を示すものであった。言うまでもなく、ギュル外相が候補となったことで、トルコ共和国の憲法原則である「世俗主義」と「民主主義」が危機に瀕したという認識を示したのである。ただ、参謀本部の「意見」は、なかなかよく練られていた。直接的に、大統領選挙や候補者のギュルへの言及はない。言及しているのは、4月23日の「こどもの日」についてで、本来、共和国の世俗的な祝日であるべき「こどもの日」に、イスラーム的な行事(学校でのコーラン朗誦など)が行われたことに、激しい怒りを示している。そのような一連の動きが、大統領選挙の最中に行われたことに対して、軍は「深い憂慮の念」をもち、法の定めるところにより「公明正大かつ実質的な行動をとる」と宣告したのである。

これに対して、EUのオリー・レーン拡大統合委員長は、軍部による政治干渉を批判するコメントを出した。政治プロセスは、民主的に選ばれた議会と政府に委ねるべきであって、軍部が影響力をおよぼす発言は、シビリアン・コントロールに反するというのである。ただし同時に、オリー・レーンは、トルコの世俗主義が、トルコがヨーロッパの一員となるために重要なポイントであることも指摘している。欧米のメディアも、軍部が政治に干渉するのではないかという懸念を示すものが多い。

統合参謀本部からのメッセージに対して、政府は、軍が政治に干渉することは民主主義に反すると強く反論した。「意見」のなかで言及されたのが学校行事であったため、国民教育相は、トルコ軍(T?rk Silahl? Kuvvetleri直訳すると、トルコ・軍備をもつ・力となる)は、同時に「T?rk Kalemli Kuvvetleriトルコ・ペンをもつ・力」になってしまったと批判した。

29日、イスタンブルでは、「ギュル大統領」に対する大規模な反対集会が開かれ、100万人にのぼる市民が集まった。ほとんどの人々がトルコ国旗を掲げ、トルコ国旗のTシャツをきていた。当初、政党や労働団体のプラカードもあったのだが、主催した市民団体の申し入れで、それは下ろされ、ただひたすらトルコ国旗を掲げる者がほとんどであった。プラカードでは、「トルコは世俗主義の国」「世俗主義を擁護する」「ギュルは嫌い」などと書かれたものが多く、市民のあいだに、今回の大統領選挙に対して、「世俗主義の危機」とみなす力が相当に強いことを印象づけた。30日のトルコの新聞は、イスラーム系のメディアを除いて、「最大の警告」(ジュムフリーエット紙)「民主主義による反発」(サバハ紙)などの見出しを掲げた。右派の新聞は、「安定を破壊するな」(テュルキエ紙)というように、混乱を回避すべきだとの見出しを掲げた。

ただし、注意してみていると、集会での演説のなかには、「イスラーム主義の大統領は嫌だ、しかし軍部によるクーデタも嫌だ」というものもある。市民団体のリーダーたちには、民主化運動の旗手として活躍してきた人たちも多く、国内の緊張が、結局、軍部によるあからさまな行動を導くことを懸念している。さらに、この大集会に参加したのが、「開明的で世俗的な」人々で、彼らはイスラーム主義の政府と大統領候補に反対したのだと考えるのは早計である。大規模な集会が、すべてトルコ国旗で埋め尽くされたことを見れば明らかなように、群集の意図は、トルコ共和国の理念の堅持というだけなく、もっと単純に国家ナショナリズムを高揚させたものと見るべきだろう。その背景には、クルド分離独立を主張するPKKによるテロが続発してきたにもかかわらず、対米関係悪化を避けるため、北イラクのクルド地域への軍事作戦を避けてきた政府への不満、EU諸国の一部によるトルコ排除の動きに対して政府が粘り強く交渉を続けようとしていることへの不満などが鬱積していることがある。反イスラーム主義派と右翼勢力が合体した示威行動と見るほうが適切ではないかと考えている。

経済界の反応

当初、ギュルが与党側の候補者となった時点では、イスタンブル株式市場の平均株価は上昇し、対ドルレートでも、トルコリラが上昇した。市場は、ギュルを候補としたことを好感したというエコノミストの意見が大勢を占めた。しかし、その後、軍部が強い警告を発し、市民の反対集会が大規模化したことを受けて、経済団体は、「安定を損なうようなことだけは避けるべき」との意見で一致している。トルコ産業・実業家連合(TUSIAD)は、軍部が、政治に干渉するような発言をしたことに対して一定の批判をしつつ、政府与党が、国民の危機感を軽視したことも批判している。とくに、軍部と政府との緊張が高まったことへの強い危機感を訴える意見が多いのだが、これは、過去に3回にわたって(1960、1971、1980)、内政の混乱を理由に軍が一時的に政権を掌握したクーデタの記憶による。軍のウエブサイト上での声明が出ると、経済界は、事態の収拾のためには、早期総選挙以外に手はないという態度を明確にしている。


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