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一橋大学大学院社会研究科 内藤正典データルーム
...内藤正典による中東・西欧マンスリーを中心としたニュース解説、「イスラームによるヨーロッパへの挑戦」をテーマのもと COEプロジェクトにおいて制作した、各国政治家へのインタビュー、イスラーム組織の実態などの映像コンテンツの一部を紹介するサイトです。

内藤正典:中東・西欧Monthly

2007年4月17日 中東・西欧Monthly

新たな戦略的思考に入った日本の中東外交
イスラム世界への新たなメッセージ

2月28日、麻生外相は中東調査会主催の講演で「わたしの考える中東政策」を発表した。冒頭の部分を聴いて私は驚いた。「自分がもし中東に生を受け、イスラム教を奉じる者となり、暮らしていたらどうだったかと想像してみます」日本人にとって遠い存在であるムスリムに対して、相手の身になって考えることの必要性を訴えることは、国家間のゲームと冷めた見方をされがちな外交において、人間の心に対する洞察の必要性を説いた点で特筆すべきである。ムスリムが「子どもを愛することにおいて、おしなべて人後に落ちない」という指摘も、外交演説としては異例と言えよう。テロの問題についても、現実にイスラム教徒が十把一からげに危険な人々とみなされる傾向があったことを認め、彼らが受けた自尊心の傷に対する感受性をもつことが日本の中東外交の基礎になければならぬとした。これは、非イスラム圏にある日本が、テロとの戦いにおいて共同歩調を取りながらも、欧米にみられるイスラムへの蔑視や嫌悪とは明確に一線を画したものであり高く評価できる。この点は、常日頃からイスラーム世界の人々から日本に向けられてきた親近感に外相自らが応えたものと言えよう。

なぜこの演説が、優れたものであるのか。それは、ムスリムという人間へのメッセージを表に出した点にある。今日の世界情勢において、いかに欧米諸国が「テロを憎んでイスラームを憎まず」と言っても、パレスチナ問題、アフガニスタン侵攻、イラク戦争、イスラエルによるレバノン侵攻と、世界のムスリムが多大の犠牲を払ってきたことは間違いない。これに対して、ムスリムは激しく憤ってきた。憤りの暴走がテロを招いてきたことに疑いの余地はない。テロは、イスラーム原理主義者の妄想が引き起こしたわけではない。多くのムスリムの犠牲に対する怒りが引き起こしてきたのである。

一度、激しい怒りにかられたムスリムは、正しい信仰の道へと邁進する。このことをアラビア語でジハードという。欧米に対する敵対的行動は、信仰を正す努力としてのジハードの一部分をなすのであって、ジハード=欧米あるいはキリスト教徒・ユダヤ教徒に対する聖戦ではありえない。ところが、欧米諸国は、どうしても、このところが理解できない。

戦争の正当化をするために、「イスラーム原理主義」に凝り固まった狂信者の集団がいるからテロが起きると思い込んでいる。実態は、窮鼠猫を噛むの状態であることを理解しないのである。

今回、麻生外相が、十分に傷ついてきたムスリムという人間存在に対する「癒し」のメッセージが必要だと説いた点は、国家の外交をつかさどる外務大臣が、人間ムスリムへのシンパシーを示した点で、欧米の対応とは明らかに異なる独自の路線を打ち出したことになるのである。

自由と繁栄の弧とトルコ

その上に立って、パレスチナからアラビア半島にかけての地域を「平和と繁栄の回廊」にしていく構想を明らかにし、それを包摂するかたちで「自由と繁栄の弧」を形成するという大きなビジョンが示されている。ビジョンは実行に移された段階で評価すべきものだが、中東地域安定の極にトルコを位置づけたところに新しい方向性がある。

EU加盟交渉で苦労している同国に対して、「EUは長いことトルコを待たせた挙句、加盟交渉がはじまってもさんざん苦労をさせている。そのトルコに対して、精神的支援を惜しんではならない」と強調し、単なる同情ではなく、理念に裏打ちされたモラルを明示している。

大災害や事件を除けば、これまで、諸外国の市民に向けて、これだけ親身に語りかけるような外交演説は寡聞にして聞いたことがない。来場していた中東諸国の大使たちは、一瞬、とまどった表情をみせていたが、それこそ演説の要点であった。

我々日本人が語りかけるべき相手はテロリストではない。テロリストとは一切の妥協もありえない。しかし、トルコのEU加盟交渉が一部中断に追い込まれた背景にも、欧州各国の国を挙げての反イスラム感情があることは否定すべくもない。日本はアジアの東端にあり、トルコはアジアの西端にあって、かつ自らEUの規範を受け入れようとしている。西洋文明を受容しながら伝統的価値を失わず、近代化の苦悩を乗り越えて今日の地位を築いた日本が、トルコに対して心のこもったメッセージを発することは、EU諸国によるトルコに対する居丈高な姿勢の対極をなすものであって、トルコに対する「精神的支援」のもつ意義は大きい。OECDの加盟国であり、EU加盟をめざすトルコが、いま必要としているのは物質的支援よりも、「ここが我慢のしどころだ、ガンバレ」という麻生外相の言葉どおりのモラル・サポートに他ならない。

中東の現状は、米国による武力行使とイスラエル協調姿勢によって、混迷を深めている。欧州各国も、英国を除いて武力行使には積極的でないものの、日常的に、隣人であるムスリム移民に対して、暴力と侮蔑の言葉が投げつけられている。いわば、力による暴力でムスリムを窮迫的状況に追い込んだのが米国なら、言葉による暴力でムスリムを孤立させたのが欧州各国である。当面、欧州各国のイスラームに対する陰湿で非理性的な嫌悪は消えそうにない。文化的同化圧力を強めてきたフランスも失敗し、多文化主義で異文化への寛容を謳ってきたオランダでは、信じがたいほどのイスラーム嫌悪の高まりがある。そのなかでアジアの非イスラーム国であり、先進国である日本が、いままさに求められているのが、トルコに限らず、ムスリムに対する精神的支援に他ならないのである。


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