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一橋大学大学院社会研究科 内藤正典データルーム
...内藤正典による中東・西欧マンスリーを中心としたニュース解説、「イスラームによるヨーロッパへの挑戦」をテーマのもと COEプロジェクトにおいて制作した、各国政治家へのインタビュー、イスラーム組織の実態などの映像コンテンツの一部を紹介するサイトです。

内藤正典:中東・西欧Monthly

2007年1月5日 中東・西欧Monthly

2007年の中東・イスラーム世界と欧米

2007年1月、イラクに関するアメリカの報道は、米軍の死者が累計で3000人に達したという悲報から始まった。米軍の駐留は、イラクの再建に道筋をつけることはできない。これ以上、犠牲者を増やさないためには、段階的に撤退していく以外に方法はない。アメリカは、サッダーム・フセインによる独裁体制を崩壊させることに貢献したが、再建には失敗した。その事実を受け入れる時が来たのである。

アメリカは、なぜ戦後イラクの再建に失敗したか。戦争に乗り出した時点で、パンドラの箱を開けてしまった。パンドラの箱とは、独裁であれ圧制であれ、中東地域では、無秩序名状態よりはましだというコンセンサスが民衆の間にあることを考慮せずに、体制のリセットを図ったことを指す。

イラクの現状を分析するにあたって、スンニー派とシーア派の宗派対立の激化を混迷の主因ととらえる向きもある。しかし、これは原因と結果を取り違えている。西欧的思考に慣れた私たちには、なかなか理解しがたい点なのだが、宗派間の相違なら、以前からあったし、相違がある以上、何らかの利害対立が生じれば、紛争に発展させるのは容易である。スンニー派とシーア派が暴力の応酬は、利害対立が、宗派の違いに起爆剤とガソリンを注が注いでいる状況と言ってよい。

スンニー派とシーア派、宗派が違うから衝突するかというと、必ずしもそうは言えない。トルコとアゼルバイジャンとの関係のように、何ら対立せず、きわめて友好的な例もある。トルコはほとんどがスンニー派、アゼルバイジャンは、トルコと同じ民族だが、シーア派が優勢である。違うから衝突するという短絡的な思考から脱却しないと、中東情勢の安定化に何が必要なのかを見誤ることになる。

フセイン政権下では、権益を得ていた人や部族のなかにスンニー派アラブ人が多く、シーア派アラブ人は抑圧・疎外されてきた。フセイン政権崩壊後、既得権益を失ったスンニー派は、いわば天国から地獄に落とされてしまった。戦後、制度的には「民主的」な選挙を行えば、人口の多いシーア派が大きなパイを取ることになる。スンニー派は、当然それに不満を募らせる。ここに利害対立が生じて、今日の「宗派対立」に至ったのであって、スンニー派とシーア派がいるから、未曾有の暴力の連鎖に陥ったわけではない。アメリカは、自分たちの統治に失敗があったことを認めたくないだろうから、何か、ほかに原因を求めようとするが、もはや無理である。

 さらに、外部から「起爆剤」を持ち込んでいるのが過激なイスラーム主義勢力である。彼らは、アメリカ軍という「ガソリン」に点火したくて仕方がない。アメリカは、第二次大戦後、一貫してイスラエルの後ろ盾となり、パレスチナ問題での公正な解決を阻害してきた。パレスチナ人の多くはムスリムであるから、この点で、当然、アメリカはムスリムの敵を浴びる。アメリカが、巨大な軍事力を行使して、ムスリムに敵対し、多くのムスリムが犠牲になったことは、全世界のムスリムから激しい怒りを向けられる結果をまねいた。アメリカに決死の戦いを挑むムスリムの過激派なら、もはや世界中に存在する。英国も、アフガニスタン、イラクで、アメリカに追随したから、同じく激しい怒りの対象となった。それが、アメリカの言う「テロの脅威」である。

ムスリムが、あるいはイスラームという宗教のなかに暴力性があって、キリスト教徒を仇とつけ狙っているだの、西洋の殲滅を謀っているだのという短絡的思考から、脱却しないと、この衝突は一層深刻になる。元来、きわめて商人根性の強いムスリムは、戦争や内戦のような混乱を嫌うのであって、好戦性など、十字軍が千年もまえに撒き散らした偏見にすぎない。この偏見、西欧では、反ユダヤ主義同様にきわめて根強く残っているばかりか、21世紀に入って、ますます増強されているので、よくよく注意して欧米からの情報を精査しないと同じ偏見にとりつかれる。

よほど敵意的な行動をとって、無辜のムスリム民衆を犠牲にしない限り、ムスリムは刃をむけない。イラクでの混迷は、米軍が、ひどく敵対的な行動をとったことによって発生したのである。最初からわかっていたことだが、アメリカは「勝てない戦争」に乗り出し、パンドラの箱を自分で開けてしまい、収拾がつかない状況に陥った。

過激なイスラーム主義者にとって、イラクは主戦場であると同時に、天国への門になっている。彼らは、イスラームの敵と戦うことを神の定めたジハードと信じきっているから、秩序が崩壊しているイラクで米兵を倒せば、即、天国への切符が手に入ると思ってしまう。世界中から、怒りに燃えたイスラーム主義者を呼び寄せているのが、イラク駐留米軍なのである。それゆえ、早急に撤退しないと、米兵の犠牲者は限りなく増えていくことになる。まちがっても、駐留米軍が、ある時期を境に、好意の対象になることはない。ほとんど可能性はないが、唯一、米軍の犠牲者を減らす道がある。イスラエルへの支援を抑制し、パレスチナ人の権利回復にアメリカ政府がイニシアティブを取る場合である。

過激なイスラーム主義者たちは、米軍だけでなく、ことのついでにシーア派を攻撃した。彼らとて、外国から入ってきたので、イラクに味方(あるいは匿ってくれるスポンサー)を探さなければならない。イスラーム主義者の多くは、スンニー派だから、イラクのスンニー派武装勢力や部族と結託しただけのことである。シーア派は、戦後のイラクで利権を確保しつつあるので、イラクのスンニー派から敵視される。宿主が嫌っている相手ならば、客分の仁義にもとづいて攻撃しなければならない。そのため、結果的にスンニー派とシーア派の宗派衝突に至ったのである。

しかし考えてみればおかしなものである。イラクのスンニー派は、今でこそ、海外メディアが盛んに「スンニー派」と括るから、宗派集団のように見えるが、もともと部族ごとの結束が強かったあの国に、そんなに根性の入ったスンニー派イスラーム主義勢力が強かったとは思えない。それに、フセイン政権下で権益を得ていたのなら、それほど宗教色などなかったはずである。フセイン政権の基盤だったバース党は、おそろしく世俗的で、イスラーム色が薄い。むしろイスラーム主義者にとっては、「敵」だったはずである。

冷静に思い出さねばならないのは、1980年代にイランとイラクが、泥沼の戦争に陥ったとき、欧米(アメリカやフランス)が、シーア派イスラーム主義を掲げるイランを脅威として、世俗的なイラクのフセイン政権を支援した事実である。ここぞとばかりに武器を売り、原子炉を売ったのは欧米諸国だった。

つまり、フセイン政権下で利益を得ていたのは、確信したスンニー派のイスラーム主義者などではなく、一応、宗派上はスンニー派だが、フセインに忠誠を誓った(あるいはそのふりをしていた)部族の首領たちだったのである。ところが、フセインという独裁者兼スポンサーを失ったことで、彼らは、外部からの「起爆剤」である過激なイスラーム主義者と結託してしまい、シーア派住民をテロで爆殺して再建を破綻させたのである。

多数を占めるシーア派が、米軍に徹底して協力していれば、まだ、混迷は軽度ですんだ。しかし、イランと親和性の強いイラクのシーア派が、アメリカに好意を寄せるわけがない。彼らにしてみれば、フセインを倒してくれれば米軍の役割は終わりであって、その後もイラクに居座って、アメリカ流の民主国家構築などという余計な手出しは無用である。いずれイランと結託することが眼に見えているシーア派主導の国家再建にアメリカが同意するはずはない。したがって、米軍は、スンニー派、シーア派のどちらにとっても「敵」であり続けることになる。シーア派にしてみれば、当面、暴力の応酬の相手はスンニー派だが、アメリカもまた依然として敵である。

このような政治・社会構造のもとで、アメリカが掲げる中東民主化をイラクで実現することなど不可能である。だからこそ、まちがっても増派などすべきではなく、撤退というオプションにそったイラク政策に転換しなければならない。

深刻な欧州の状況

この状況下にあって、本来、ヨーロッパ、あるいはEUが果たすべき役割は、軍事力によるのではなく、いわばソフト・パワーとして調停することにあった。だが、現在のヨーロッパは、ソフト・パワーを発揮できる状況にない。

たとえて言うなら、イスラーム教徒に対して、アメリカは巨大な軍事力を振りかざして暴力的なイジメに出ており、ヨーロッパは陰湿な言葉のイジメにでているようなものである。ヨーロッパといっても、イギリスは、かつて中東の覇者であった栄光を忘れがたく、いまだに軍事力を使うが、その一方で、寛容を掲げて、イスラームとの対話路線をとってきた。しかし、2005年のロンドン・テロをきっかけに、国内160万のムスリムとの対話路線は、監視と摘発路線へと転換した。テロ事件後、ブレア首相が「ゲームのルールは変わった」と在英ムスリムに宣告したのは、この転換を象徴する発言だった。

イスラームに限らず宗教嫌いのフランスには、600万ものムスリム移民の存在がおり、彼らがフランス社会に同化せず、イスラーム主義に傾斜する現状を嫌悪する国民が多い。フランスとは対極的に、いまだにキリスト教会に特権的地位を認めているドイツでは、キリスト教的優越感からムスリムとイスラームを侮蔑・敵視する人々が増えている。昨年9月、南部ドイツ(カトリックが優勢な地域である)出身のローマ教皇ベネディクト16世が、イスラームを敵視する講演をおこなってムスリムの反発を受けた。彼が、講演をおこなったのが、学生時代をすごした南ドイツのレーゲンスブルクであったことを思うと、事態は深刻である。

フランスのような世俗主義をとる国と、ドイツのようにキリスト教の政治への参加を認めるドイツが、ともにイスラームの復興を嫌っている。その余波をもろに受けたのがトルコである。人口の99%をムスリムが占めるトルコは、ヨーロッパからみれば、異質で、文化的な距離の遠い国であって、そんな国がEUに加盟することは阻止したい。もちろん、世論がトルコの加盟を嫌う理由は他にもある。人口7200万の大国トルコがEUに加盟すれば、欧州議会の議席配分はドイツについで第二位となり、ヨーロッパの「重心」がずれてしまうことへの懸念。ただでさえ、ドイツだけで300万近いトルコ系移民が、さらに流入してくるのではないかという恐怖なども交じり合って、ドイツのメルケル政権、フランスの与党党首サルコジ内相(次期大統領選の候補)は、強い連携をとって、トルコの加盟交渉を頓挫させようとしている。

しかし、トルコは、ムスリムの国であっても、イスラーム国家ではない。いまだに、新聞などで「イスラム教国のトルコが・・・」などと書かれることがあるが、トルコの憲法は、厳格な政教分離を定めており、イスラームが政治に介入することは厳しく禁止されている。つまり「イスラム教国」ではないのである。政教分離の守護者として振舞ってきたのが、トルコの軍部である。従来、政治家が少しでも、イスラームの介入をちらつかせると、厳しく批判し、90年代の末期にはイスラーム色の強い福祉党政権を崩壊に追い込んだ。

だが、2004年にEU加盟交渉の開始が決まると、もはや軍部は憲法原則の世俗主義を擁護するためとはいえ、政治への介入を控えなければならなくなった。当然のことだが、EUでは、軍がシビリアンコントロールに服すことを求めているからである。現在の公正・発展党政権は、解党させられた福祉党の一部が分裂したもので、エルドアン首相ら政権中枢にはイスラーム色が濃い。政権は、いわばEU交渉を人質にとって、軍部の介入を排除して、「よりイスラーム的」で「より民主的」な国家にしていこうと考えている。軍の苛立ちは、現在、相当なレベルに達しているが、介入すれば、EU交渉を自らの手でつぶすことになるので、身動きがとれない。

本来、EUは、異質で、敵対関係に陥る可能性のある国を加盟させて取り込み、統合していくという理念をもっていたはずである。かつてその草創期に、旧敵国ドイツを取り込むことから始めたのは、二度とヨーロッパを戦場にしないという明確なビジョンがあった。冷戦の終焉後、旧東欧の社会主義諸国を加盟させたのも、同じビジョンにもとづいている。21世紀を迎えた今、ヨーロッパが統合を図らなければならない相手とは、イスラーム世界である。テロの脅威が現実のものとなっているいま、EUは、中東・イスラーム圏にあって、唯一、自ら進んで西欧的な制度、諸価値の体系を受容すると述べているトルコを加盟させることは、EU本来のビジョンだったはずである

しかし、昨年12月、EU首脳会議は、トルコとの加盟交渉の一部凍結を決めた。もちろん、ムスリムが大半を占める国だから嫌だなどと首脳たちは言わない。そこで使われたのは、本来、加盟交渉の条件ではなかったギリシャ系キプロスの事前承認という新たな条件だった。当然、トルコ側は、「試合を始めてからルールを変えるのはフェアじゃない」と激しく反発している。トルコ国民のあいだには、所詮EUはキリスト教クラブにすぎないという声が強まっている。危険な兆候である。イスラーム色をもちながら、EU加盟を推進してきた公正・発展党政権は、今年予定されている総選挙で、敗退する可能性もある。その場合、偏狭なナショナリズムを主張する右翼政党が躍進する可能性が増す。右翼政党は、トルコ民族にとって、イスラームは根っこのようなものだと主張するから、結局、イスラーム色を強め、かつ、ヨーロッパとの協調体制を崩す方向に進んでいくことになる。

だが、エネルギー資源に乏しいトルコが孤立主義をとることはできない。むしろ、隣国イランや背後の大国ロシアとの関係を強化し、ヨーロッパに対峙する新たな強国となる道を選ぶだろう。アンカラ・モスクワ・テヘランの関係強化―それがEUにとって、中東の安全保障にとって脅威となりうることに、EU諸国は一刻も早く気づくべきである。トルコは、すでにこれまでなかった原発の開発に乗り出すことを決めている。EU諸国からのアンフェアなダブルスタンダードによって、トルコのEU加盟交渉が行き詰まれば、確実にトルコは、従来の西欧との協調路線に背を向けることになろう。それが、これ以上の核拡散をもたらさない保障がどこにあるだろうか。


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