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一橋大学大学院社会研究科 内藤正典データルーム
...内藤正典による中東・西欧マンスリーを中心としたニュース解説、「イスラームによるヨーロッパへの挑戦」をテーマのもと
COEプロジェクトにおいて制作した、各国政治家へのインタビュー、イスラーム組織の実態などの映像コンテンツの一部を紹介するサイトです。
12月に開かれたEU外相会議と首脳会議は、トルコとの加盟交渉を部分的に凍結することで合意した。35の交渉項目のうち、キプロス問題に関わる8項目を一時凍結したのである。この決定は、11月に欧州委員会が提出した加盟交渉の進捗状況報告にそったものである。
交渉の一部凍結に至った直接の原因は、トルコがキプロスのギリシャ系政府を承認せず、キプロスの航空機と船舶の寄港を認めないという点にある。EU加盟国のなかで、当事国のキプロスはもちろん、ギリシャ、フランスなどは、加盟国の一つを承認しないトルコとは交渉できないと強硬な姿勢でトルコ加盟交渉を停止に追い込んだ。一見するともっともな理屈である。しかし、ヨーロッパ諸国が、これほど明白なダブルスタンダード(二重基準)を国際間の交渉で主張したことに深く憂慮せざるをえない。そもそもギリシャ系キプロスの承認は、EU側がトルコに提示した加盟交渉条件ではなかった。トルコにしてみれば、加盟交渉というゲームが始まってから新条件を突きつけられたに等しい。
2004年、キプロスがEU加盟を果たす直前、国連のアナン事務総長は、長らく南北に分断されていたこの国を再統合するための提案を出した。キプロスは、1960年に英国植民地から独立を果たした。北部にはトルコ系住民18万が住み、南部にはギリシャ系が70万あまり暮らす。独立したまもなく、両者の対立は激しくなり、数で勝るギリシャ系によるトルコ系住民に対する虐殺が起きた。1963年には国連が軍を派遣したが、停戦監視に成果を挙げることはできなかった。
1974年、ギリシャ本国で軍事政権が成立したのに呼応するように、キプロスのギリシャ系キプロスに、ギリシャ系住民のエスノセントリズムを掲げる勢力が台頭し、同じギリシャ系のマカリオス大統領の暗殺を謀る事態となった。トルコ系住民に対する強硬な手段を懸念したトルコ本国は、英国と協調してキプロスに介入を図ったが英国はこれを拒否した。国連での調停も不調に終わった矢先、トルコ軍は7月20日に突然キプロスに侵攻し、トルコ系住民を保護するとともに、南北を分断した。国際社会は、これをトルコによる侵略とみなしたが、トルコ軍としては、同じ民族同胞の虐殺を手をこまねいて見ていることはできなかったのである。その後、北キプロスは1983年に一方的に独立を宣言したが、トルコ以外承認する国家はなかった。
国連アナン前事務総長のイニシアティブによる再統合案は、南北両キプロスの住民によって住民投票にかけられた。現在もなお、トルコ軍が駐留し、国際的に承認されていないトルコ系北キプロスの住民は、長年にわたるギリシャ系との確執を捨てて国連提案を受け入れた。トルコも提案が合意されれば北キプロス駐留軍の撤退に応じるとしていた。だが、国際的に承認されていたギリシャ系キプロスは、この再統合案を圧倒的大差で拒否した。国連提案は、双方の賛同を得られないと発効しない。国連による再統合案は、合法政府を構成するギリシャ系によって葬られてしまったのである。
住民投票(2004年4月)からEU加盟(同年5月)まで、わずかな時間しか残されていなかったため、EUは打つ手がなく、ギリシャ系をキプロスの代表として加盟させてしまった。本来ならば、再統合案を双方が受け入れ、統合キプロスとして加盟するはずだったので、EUにとって大きな失策だった。EUは、せめて北キプロス地域の経済封鎖を解除しようと図ったが、ギリシャ系キプロス政府は、「加盟国」として拒否権を行使し続けている。全加盟国一致の原則があるため、EU加盟後2年が経過した今も、北キプロスからは、船も航空機もトルコ以外の国に出ることはできない。北キプロスの空港も港湾も、「違法」な港とされるため、そこから出た船舶や航空機は、他の国に着陸・入港できず、したがって、人や物資の移動もできないのである。いま、キプロスというEUの加盟国には、地図にない地域が存在することになる。
トルコは、北キプロスの経済封鎖をEUの責任で解除することを求め続けた。今回、EU外相会議の直前、トルコのエルドアン首相は、トルコの港と空港を一つずつギリシャ系キプロスに開放するから、北キプロスの港と空港も開放するようにとEU側に譲歩した。しかし、キプロスには利害関係をもたない国までが譲歩提案を拒否し、トルコとの交渉は中断を余儀なくされた。
問題は、EU加盟諸国のうち、フランス、ドイツ、オランダなどEUの牽引車だった国々が、拡大によって統合を図るというEUの理念から距離を置いたことにある。2005年にEU憲法条約の批准をフランスとオランダが拒否したこともその表れだった。いま、西ヨーロッパのEU諸国は急速に内向きな方向に転換しつつある。9・11以降に高まった反イスラーム感情や移民に対する不満も、トルコの疎外を後押ししている。
しかし注目すべき点は、これらの国々が、キプロス問題には、なんらの利害関係をもっていないことにある。要するに、トルコとの加盟交渉をブロックするための材料として、キプロス問題を持ち出したと見るべきであろう。キプロスには、1960年の独立に当たって、保障国が定められている。これはチューリッヒ・ロンドン協定(1959年)に基づくもので、旧宗主国の英国、トルコ系住民の後ろ盾であるトルコ、そしてギリシャ系住民の後ろ盾であるギリシャの三国から成る。この協定にもとづいて、トルコは保障国として、北キプロスに科されている経済制裁の解除を求めたのである。これが受け入れられない場合、保障国たるトルコは、ギリシャ系キプロス政府を承認せず、したがって、同国船籍の船舶と航空機にトルコの港湾と空港を開放しないという措置をとっている。今回、トルコ政府側から譲歩したにもかかわらず、EU加盟国の足並みが乱れ、譲歩提案を拒否したことは、キプロス問題が、トルコ加盟交渉をペースダウンもしくは頓挫させたいという思惑に利用されていたことを示している。
だが、眼を中東に転じてみよう。トルコは、核開発を続けるイラン、荒廃したイラク、そしてレバノンへの干渉を批判されてきたシリアとも接している。この不安定な地域にあって、唯一、明確な政教分離の原則をもち、西欧型の民主主義、人権、法の支配を受け入れようとしてきた国がトルコである。トルコのEU加盟とは、ムスリムの国であっても西欧諸国と共存できることを世界に示す壮大な実験と言ってよい。その努力を続けるトルコをEUから疎外することが、中東の安全保障にとって、どれだけ大きな打撃となるかをEU加盟国は真剣に再考すべきである。
すでに、トルコ国民の多くは、あからさまなダブルスタンダードを突きつけるEU諸国に反感を募らせ、EUはキリスト教クラブにすぎないと思い始めている。反感の行方は、過激なイスラーム主義か、偏狭なナショナリズムを生み出す。国民の99%がムスリムとされるトルコでは、イスラーム主義(本来は民族を前面に出さない)とナショナリズムが混合する可能性は高い。いずれにせよ、西欧的な価値の体系とは所詮合わないのだという声が増えるにつれて、トルコがヨーロッパから距離を置き始めることは確実である。そのことが、中東地域をさらなる混迷に陥れ、文明の衝突へ道をひらくことに警鐘を鳴らしたい。EU加盟諸国は拡大による統合の理念に立ち返り、ソフトパワーとしての自らの役割を再認識すべきである。