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一橋大学大学院社会研究科 内藤正典データルーム
...内藤正典による中東・西欧マンスリーを中心としたニュース解説、「イスラームによるヨーロッパへの挑戦」をテーマのもと
COEプロジェクトにおいて制作した、各国政治家へのインタビュー、イスラーム組織の実態などの映像コンテンツの一部を紹介するサイトです。
2006年7月1日に放映されたオランダのNOVAというテレビ番組で、ベルギーの多文化社会に関する問題を扱った興味深い特集が組まれた。それは、ベルギーにおいて6月に起こった二つの痛ましい殺害事件に反応したものであった。
二つの事件とは、6月上旬にリエージュで行方不明になっていた二人の少女が、暴行のうえ殺害され、6月28日に遺体で発見された事件、そしてアントワープの市バスの運転手が、乗客であった若者のグループと口論の末、勤務中に殺害されたという6月26日に起こった事件である。どちらも、単純な動機による無差別的な犯行であったという悲劇に、ベルギー全土は大きな怒りと悲しみに包まれた。
NOVAが注目したのは、これらの事件の容疑者および犯人が、いずれも「モロッコ系」であるというという事実であった。番組の意図は、二つの事件が反映するベルギー社会の現状と今後の影響を探ることに向けられていた。今後の影響については、秋にベルギー全土で実施される市町村議会選挙において、極右政党のVlaams Belang(「フランドルの利益」)がさらに躍進すると見込まれているなか、この事件が追い風になるのか否かが扱われていた。
実のところ、ベルギー国内のメディアは今のところ、二つの事件についての報道で、容疑者や犯人が「モロッコ系」であることをそれほど強調したり、「多文化社会」の問題として引き取ったりはしていない。こうした観点から扱われたのは、多文化社会における同様の課題に直面しているオランダのテレビ番組が、事件の「多文化的」な問題の性質を敏感に感じ取ったためであるといえよう。
番組では、アントワープの事件現場近くに設置された、犠牲者である運転手へのメッセージや花をたむける場を取材している。そこには、近隣に住む人びとや、バスに乗り合わせていた人などが多く集まっている。
置かれたメッセージの一つに、「これはレイシズムではないのか?(Is dit dan geen racisme?)」と書かれている。これは、先月に同じくアントワープで起こった人種差別による殺人事件を反転して皮肉っているものだ。(この事件については前回の記事を参照。)このメッセージが主張しているのは、「白人のベルギー人」による「移民系」の人びとに対する暴力のみ、悪質な「人種差別」という烙印が押され、その逆の事件に対しては特別な汚名がつかないことへの苛立ちである。
いずれにしろ、5月の人種差別事件にしても、今回の事件にしても、残忍さという観点からはどちらも変わりはない。異なるのは、二つの事件の反応である。5月の事件がもたらしたのは人種差別を反対するデモ行進であったが、今回の事件がもたらしたのは、事件現場の花束の前で起こった感情的なやりとりと直接的な移民排斥の声であった。
一人の女性は、被害者に哀悼の意を示しに来ていた、スカーフを着用したムスリム女性に対して、この国から出て行けと強い調子で息巻く。別の女性は、「こうした事件が起こるなら、彼ら(「モロッコ系」)を母国へ帰らせなければならないね。……私はこれで本当に人種主義者になりましたよ。(Ik ben echt 'n raciste geworden.)」と単刀直入に述べる。移民問題をめぐるVlaams Belang(「フランドルの利益」)の支持基盤は、まさにここにあるのである。
こうした事件が起こる背景には何が欠けているのか。インタビューや専門家の意見からは、エゴイズム、個人主義、連帯やコミュニケーションの不足が挙げられていた。隣国の状況から発せられる問いかけに、オランダの視聴者は、自国で直面している課題をどのように重ね合わせたのだろうか。
(COEリサーチフェロー・日本学術振興会特別研究員 見原礼子)