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一橋大学大学院社会研究科 内藤正典データルーム
...内藤正典による中東・西欧マンスリーを中心としたニュース解説、「イスラームによるヨーロッパへの挑戦」をテーマのもと
COEプロジェクトにおいて制作した、各国政治家へのインタビュー、イスラーム組織の実態などの映像コンテンツの一部を紹介するサイトです。
ベルギー国内で人種差別をめぐる自問や論争が続いている。事の発端は、5月11日にアントワープで起こった一つの出来事であった。18歳の青年が人種差別的な意図から2人を殺害し、1人に重症を負わせたのである。加えて、この犯人がアントワープを含むフランドル地方で躍進を続ける極右政党Vlaams Belang(「フランドルの利益」)に所属する議員の親戚であったと報じられたため、事件はにわかに政治的な様相を呈することになった。
そもそもベルギーは、人種差別撤廃に対してきわめて迅速な法的対応をとってきた国である。国連やEUが主導してきた人種差別撤廃にかかわる協定に積極的に参加し、1981年にはいち早く国内で「反人種差別法」を施行している。2003年には、この法律の改定版である「反差別法」も成立させた。さらに、差別被害解決のための交渉役や、差別問題に関する提言を政府に対しておこなう「平等機会および反人種差別センター」も1993年に開設されている。日本の約12分の1(四国地方程度)の面積という小国であるにもかかわらず、ベルギーには複数の言語文化圏や宗教文化圏が共存している。反差別にかかわる法的措置の積極的な導入には、こうした多様性の中で生きるベルギー市民の、異なる言語や宗教に基づく差別に対する敏感な態度が関係していることは間違いないだろう。
しかし、多様性は同時に摩擦や衝突をも引き起こす。1980年代以降に台頭してきたVlaams Belangが掲げるスローガンを端的に表現するならば、「フランドル人のためのフランドル地方」である。つまりこの政党による公約の主眼は、ベルギー北部のフランドル地方に居住する、生来のフランドル人の利益を最優先事項として扱うことにある。究極的にはベルギー国家の解体とフランドル地方の独立を目指してもいる。こうした基本姿勢から、フランドル地方に居住する移民や外国人に対する同化政策は不可欠とされている。また、上述した「反差別法」や「平等機会および反人種差別センター」に対しても、ことごとく反対の立場を示しており、これらの廃止や閉鎖を強く求めている。
冒頭の事件直後、マスコミや他の政党の多くは、極右政党の台頭とその思想がこの事件を引き起こしたという論調をもって、Vlaams Belangに対する非難を展開した。これに対してVlaams Belangは、事件そのものにはいかなる責任もないことを強調し、こうした論調に真っ向から対抗した。Vlaams Belangによるこうした対応は、一定の重要な意味と影響力を有していた。なぜならば、この政党は、もはや政界において「少数派」ではないからである。
現在、フランドル地方の州議会において、Vlaams Belangは第二党(124議席中32議席)の立場にある。国会でも上院71議席中8議席、下院150議席中18議席を確保している。さらに、フラマン語の新聞De Standaadが6月2日付で掲載した世論調査によれば、Vlaams Belangに対する最新の支持率は23.1%と、今年2月のそれより0.6%上回ってさえもいる。
フランドル地方において、Vlaams Belangは、すでに一大政党となっているのだ。政党の支持基盤が広がることはすなわち、その政党が数の上で「民主的」な性格を帯びることをも意味する。
こうした支持のもとで、Vlaams Belangは、自らの政治思想と今回の事件を切り離すという任務を遂行するのである。たとえ犯人がその思想形成においてVlaams Belangの影響を受けていたにせよ、それを殺人という行為にまで駆り立てたのは、あくまでも犯人の個人的な思考であったと主張することで、政党やその支持基盤の「民主性」を担保するためだ。確かに、この政党の思想と今回の事件を直接的に結び付けて非難することもまた、あまりに軽率な行為であろう。しかし、この事件の余波が大規模な反差別行進を招くほど大きなものであったことからうかがえるのは、民主主義の論理によって、徐々に支持層を拡大していくVlaams Belangとその言動に対する懸念もやはりまた、多くの人びとによって共有されているということである。では、このような状況において、何をどのように変えていくべきなのか。
フランドル地域共同体の州知事であるYves Leterme(CD&V「フランドル・キリスト教民主政党」)は、5月30日付の新聞各紙に寄稿し、共生(vivre ensemble/samenleven )の必要性を改めて主張した。そこで示された提案の一つに、教育の重要性が挙げられていた。描かれていたのは、各々の文化や宗教の多様性を尊重しつつ、「市民」としての義務・責任・道徳などを共有していくという、異文化間教育の理想的な道筋である。ベルギーに限らず、他の西欧諸国においても、共存をめぐる挑戦的な出来事が起こるとき、教育は常に和解や相互理解の橋渡しの場として期待される。確かに、そうした小さな取り組みをつみかさねていくことは重要であろう。そして、すでにベルギーには、興味深いイニシアティブが、教育の場でいくつも存在している。しかし、そこでいつも根本的に問われるのは、異なる宗教、文化、言語に対する拒否感や嫌悪感はどのような状況でいかにして生じるのか、そしてそれをどのようにして解消し、「対話」へとつなげられるかという深く重い問いである。このような重い課題を自問し続けるよりも、自らの利益を守ると保証されるほうが、結局のところ苦痛もなく安心できることが、Vlaams Belang支持の拡大によって証明されているという現実に、この課題の困難さが奇しくも浮き彫りとなる。
(COEリサーチフェロー・日本学術振興会特別研究員 見原礼子)