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一橋大学大学院社会研究科 内藤正典データルーム
...内藤正典による中東・西欧マンスリーを中心としたニュース解説、「イスラームによるヨーロッパへの挑戦」をテーマのもと
COEプロジェクトにおいて制作した、各国政治家へのインタビュー、イスラーム組織の実態などの映像コンテンツの一部を紹介するサイトです。
先週、イラクで破壊工作とテロを続けるザルカウィ本人が登場するメッセージVTRが公開された。ウエブサイトに掲載されたものが、アル・ジャジーラによって報道され、世界に配信された。その前に報道されたウサマ・ビン・ラーディンの声明に続いて、暴力的ジハードを扇動するイスラーム主義者のメッセージが発せられた。
メッセージの要点は、イラクでの新体制をアメリカと同盟国によるイスラーム社会の破壊ととらえ、アメリカ占領軍やそれに従う人々と機関を攻撃することがジハードであると説くものである。この主張自体には、新しい視点は何もない。シーア派であれ、スンニー派であれ、アメリカに協力する者を背教者として断罪するというのは、彼らの主張にはよく見られる。
元は、イスラーム主義によって世直し的な改革を行うことを志向していたのだろうが、混乱がつづくイラクで、現時点で、このような主張をしても、イラク国民の広範な支持を受ける可能性はない。
ムスリムは、社会的混乱を嫌う。たとえ、納得しがたい占領下であっても、さらにひどい混乱と殺人を引き起こすザルカウィ等を支持する勢力が国内で拡大するとは思えない。ザルカウィを支持するとすれば、旧フセイン体制下で利益を享受し、アメリカ占領下では不遇に甘んじている部族集団とその配下の武装組織が中心となる。これらの組織を押さえ込んでいくことは、外国から流入する支持勢力がこれ以上増えなければ可能である。
しかし、ザルカウィの今回のメッセージのなかで、一点、注目すべきことがある。攻撃のターゲットの一つを「世俗的でシオニストのクルド人」としている点である。
シオニストとは、言うまでもなく、パレスチナに入植し、ユダヤ人国家イスラエルの建設を推進したユダヤ人を指す。イラク北部に集中するクルド人を「シオニスト」と呼んだことは、彼らが、パレスチナに入植し、その地を支配したユダヤ人と同様の位相にあると認識していることを示す。
これは、きわめて危険な兆候である。フセイン政権下で辛酸を舐めてきたのは、大づかみに言えば、シーア派とクルド人だが、シーア派は最大勢力として、いずれにせよ新生イラクのなかで政治的イニシアティブをとる立場にある。だが、同時に、隣国イランが同じシーア派であるところから緊密な連携関係を有しており、アメリカの期待に沿える政治勢力にはなりえない
一方、クルド人は、イラクの現状において、アメリカによる戦争と占領を支持する最大の勢力である。集団の絆が「民族」であり、イスラームを軸に結束するわけではないため、アメリカの戦争を「イスラーム共同体への破壊行為」と認識していない。むしろ、初のクルド人国家の樹立という歴史的快挙に向けて、アメリカとの協調体制を組むことが、彼らの民族的要求に合致する。だからこそ、アメリカに対して敵対的な態度を採っていないのである。
このことが、ザルカウィら、イスラーム主義勢力からは「裏切り」とみなされる。クルド人のほとんどもムスリムだが、彼らは、こともあろうに、イスラームの敵アメリカと組んでイラクのなかに政治的自立と権益を確保しようとしている。そのことが、パレスチナに、異質なユダヤ人国家を建設したシオニストのユダヤ人たちと似ているというのである。同時に、このようなムスリムへの「裏切り」は、世俗化していないと不可能だから「世俗的で」という文言を加えているのだろう。
「シオニストのクルド人」というのは用語としてはおかしいが、感覚的には、クルド人の自治や独立に嫌悪感を抱くアラブ系のイラク人の心情に沿っている。同時に、クルド人が独立を強めていくことに強い懸念をもっている隣国、トルコ、シリア、イランなどに一定のシンパシーを引き起こす可能性がある。
2003年のイラク戦争開戦当時、筆者は、北イラクのクルド地域が「第二のイスラエル」もしくは「第二のパレスチナ」と化す可能性を指摘した。クルド人の自治拡大は、近隣国から疎まれ、イラク国内でも国家の統合を危険にさらすからである。スンニー派とシーア派が、アメリカに抵抗すればするほど、クルド人はアメリカの力を頼りに、権益の確保と独立を模索せざるをえない。クルド地域にあるキルクーク油田からあがる利益は、彼らの自立にとって重要な財源である。これを、イラク全体に分配することをクルド人は望まない。かといって、アメリカの支援なしに、自立を強化することも難しい。
結果として、クルド人は、イラク戦争によって、もっとも大きな利益を得たことになり、そのことが、イスラーム主義者の敵意の的となる。ザルカウィらのテロ攻撃のターゲットは、今後、次第に、クルド人に集中していくだろう。
シーア派に対するテロは、2006年1〜2月期に激化したが、政権の中枢にあるシーア派は軍と治安機関を掌握するから、シーア派に対する攻撃は、イラクの治安機関による報復をまねく。これは、フセイン時代のムハーバラート(諜報機関)による恐怖政治の二の舞となる。だが、主権がイラク側にある以上、ザルカウィ派にどれほど激しく反撃しても非難を受けることはない。ザルカウィ派もそれを知っているから、今後、シーア派を主なターゲットにする攻撃から、クルド人にターゲットを移す危険がある。
北部クルド人の独立への動きは、スンニー派、シーア派、ザルカウィ等外部から侵入した暴力的イスラーム主義者のいずれも歓迎しない。近隣のトルコ、イラン、シリアなど、国内にクルド人を擁する国家も歓迎しない。
クルド人に多くの犠牲者がでても、イラク国内からも、隣国からも支援はない。もちろん、隣国のクルド人は支援するだろうが、各々の国の中で弾圧を受けることになる。北イラクが「第二のイスラエル」と化すというのは、クルド人が激しい攻撃にさらされる可能性のみならず、アメリカが継続的にテコ入れを続けて泥沼に引き込まれる危険性を指してのことである。
【追記】イランによるクルド地域への越境攻撃
5月1日になって、イランがイラク北部のクルド人地域にあるハッジ・ウムラーンを越境して攻撃し爆撃したとの報道があった。攻撃の対象は、クルディスタン独立を目指す極左組織クルド労働者党(PKK)だとされているが、この組織は、1980年〜90年代末にかけてトルコ国内で、反政府武力闘争を展開し、政府軍と激しく衝突を繰り返してきた。99年にリーダーのアブドゥッラー・オジャランがトルコ側に逮捕され、尚、公判中である。その後、トルコ国内での衝突は沈静下したが、イラク戦争後、再び、トルコ各地で衝突とテロが発生する兆しがある。イラク政府は、攻撃を非難している。報道が事実だとすると、自立を強めるイラク北部のクルドに対して、イラク戦争後、近隣国が国境を侵犯して大規模な攻撃を加えた初の事例となる。
先のザルカウィ声明にみられるクルド敵視の文言と、イランによる越境攻撃を総合的に分析すると、イラク統一のなかで、唯一イスラームを絆帯とせず「民族」を掲げるクルドに対して、シーア派勢力の背後にあるイランが攻撃した事実は深刻である。ザルカウィらスンニー派イスラーム主義勢力にとって、イラク国内のシーア派勢力は敵であり、その背後にいるイランも敵である。
だが、イラクのクルド勢力の一部(元々マルクス主義を採り、特に宗教色のないPKK)が、イランによって攻撃されたことは、ザルカウィら攻撃的イスラーム主義勢力にとって望ましい事態であり、新生イラクにおけるクルド人にとっては、敵が近隣国に及んだことを明示する事態である。