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一橋大学大学院社会研究科 内藤正典データルーム
...内藤正典による中東・西欧マンスリーを中心としたニュース解説、「イスラームによるヨーロッパへの挑戦」をテーマのもと
COEプロジェクトにおいて制作した、各国政治家へのインタビュー、イスラーム組織の実態などの映像コンテンツの一部を紹介するサイトです。
7月7日のロンドン同時爆破テロ事件以降、ヨーロッパではテロに対する不安や緊張が高まっている。イギリスだけでなく、西欧諸国全体に最も衝撃を与えたのは、何といっても、今回の事件が「イギリス市民」として暮らしていたムスリムらによる犯行であったという事実であった。この事件は、イギリスに自らの多文化社会のありかたを自己省察する契機をもたらしただけでなく、ヨーロッパ各国のムスリム住民に対する統合政策に、改めて見直しのきっかけをも与えた。
そのなかでもとりわけ、海峡を挟んで隣接するオランダは、ロンドンのテロ事件を最も敏感に受け止めた国のひとつであった。なぜなら、この国においては、2001年以降、ムスリム住民との共存をめぐる様々な確執を既に数多く経験しており、今現在、まさにこれらが焦点となった政策論議が継続されているためである。2004年の11月2日に、映画監督のテオ・ファン・ゴッホ(Theo van Gogh)氏が制作した短編映画がイスラームを冒涜するものであったとして、モロッコ系のオランダ人に殺害された事件は記憶に新しい。これに対する判決は7月26日に下され、被告に対して終身刑が言い渡された。
そうしたなか、オランダの民間世論調査会社TNS Nipoが、18歳以上の一般433人、および292人の公務員と50人の市会議員を対象に、学校教師、公共施設における公務員ムスリムのスカーフ着用の是非を問う調査を実施した。その結果が8月6日のオランダの各紙に掲載された。それによると、学校教師に対する着用の規制は57%、警察官に対する規制は77%、そして裁判官に対する規制は81%が賛成と答えていることが明らかになった。2003年に実施された同様の調査では、公務員のスカーフ着用に対して容認する割合のほうが多数を占めていたとされる。割合の変化は、ムスリムのスカーフ着用や統合政策に対する、オランダ社会の見方の変化を示しているといえよう。
だが、オランダにおいては、フランスのように政教分離を厳格に設けているわけではない。例えば学校教育においては、宗教色のない公立学校と宗教や信条に基づく学校が、いずれも全額の公費によってまかなわれている。この制度の所在によって、オランダでは西欧諸国で最大数の公営イスラーム学校が運営されている。このように、宗教性が公教育の中に包含されているオランダにおいて、仮にムスリム女性教師のスカーフ着用の禁止が正当化される場合、フランスのように公教育における非宗教性の原則を打ち出すわけにはいかない。そこではフランスとは別の論理が必要になるのである。多様な宗教や文化の共存を可能としてきたオランダの社会構造は、現在のイスラームとの関係をめぐる緊迫した状況において、大きな変容の兆しをみせている。宗教シンボルをめぐる議論は、そのひとつの指標となる。オランダの公共性の原理は、国内外で今後より厳しく問われることになるであろう。
(COEリサーチフェロー・日本学術振興会特別研究員 見原礼子)