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一橋大学大学院社会研究科 内藤正典データルーム
...内藤正典による中東・西欧マンスリーを中心としたニュース解説、「イスラームによるヨーロッパへの挑戦」をテーマのもと
COEプロジェクトにおいて制作した、各国政治家へのインタビュー、イスラーム組織の実態などの映像コンテンツの一部を紹介するサイトです。
2005年8月2日、フランスのドビルパン首相はトルコのEU加盟交渉の開始には、キプロス政府の承認が大前提であると語った。当初トルコのEU加盟に賛成の意を表していたシラク大統領も首相の発言を支持した。これはトルコのEU加盟交渉開始時期が決定された2004年12月の時点では条件とされていなかったものである。約2ヵ月後の加盟交渉を控えた今、なぜこのような発言が飛び出したのだろうか。この発言はフランス国内に依然として高いトルコのEU加盟に反対する声を反映したものと言える。さらに、トルコのEU加盟交渉反対の立場は、EUの一部の国によるEU憲法否決の結果と無関係ではないだろう。フランスは国内に多くのトルコ系移民を抱えている。フランスばかりでなくオランダ、ドイツなど、同じくトルコ系移民の多い国はトルコのEU加盟によってさらなる労働者流入が起きることに強い危機感を募らせているのが実情である。
トルコはコペンハーゲン基準を満たすために地道な国内改革努力を進めているが、これらの国々にとっての「トルコ」とはEU加盟を目指して改革に勤しむトルコ本国ではない。国内にいる、同郷出身のコミュニティを形成し閉鎖的社会を作り、貧しく、しかしどんどん人口が増え、宗教熱心で時には過激な主張をする者まで生み出す、自分達とは全く異質の「トルコ人」であり彼らから連想される「トルコ」なのである。改革に邁進しているトルコ本国とはほど遠い「トルコ」が彼らの身近にある。
当初トルコの加盟を支持し、キプロス問題をトルコのEU加盟の争点にしないと語っていたギリシャも8月2日のドビルパン首相の発言を受け、同調する姿勢を見せた。さらに46年ぶりとなるトルコへの首相訪問の延期も決定した。2004年のアナンプラン住民投票の際にはキプロス共和国に対し賛成の圧力をかけ、トルコとの関係改善に努めていたギリシャが今度は態度を一変させ、キプロスと手を組みトルコのEU加盟阻止に動こうとしている。8月18日にはキプロス共和国の大統領、パパドプロスがギリシャを訪問する。加盟交渉の開始は9月のEU外相理事会で検討されるが、現時点ではフランス、オーストリア、デンマーク、ギリシャが反対もしくは慎重な姿勢をみせている。
このようなトルコの加盟交渉のハードルを高めようとする動きに対して、EU議長国であるイギリスは、トルコが現在までに行ってきた国内諸改革に一定の評価を与え、キプロス共和国政府の承認をトルコのEU加盟交渉開始の条件にするとの合意などなく、キプロス問題は国連の枠内で解決される問題であるとして一部の反トルコ勢力を牽制している。
では、トルコがキプロス政府を容易に承認することができない理由とは何なのだろうか。それは第一に、トルコが今キプロス政府を承認してしまえば過去何十年にもわたって行ってきた北への支援が無に帰してしまうからである。トルコは現在までに、世界で唯一北キプロストルコ共和国を承認する国として、有償無償合わせて多額の経済的援助を行ってきた。トルコ本国経済が逼迫しているときであっても北への援助は続けられてきたのである。そして第二に、国連という第三者の仲介による問題解決に取り組んできた歴史そのものが台無しになり、キプロス政府の承認によりキプロス問題が国内問題化し、今後トルコがキプロス問題に口出しすることは内政干渉として退けられてしまう可能性が生まれるからである。もしトルコがキプロス政府を承認したとしたら、次のハードルとして用意されているのは3−4万人といると言われている駐北キプロストルコ軍の即時撤退であろう。
EU加盟を目指しているトルコは、特に、現在の与党である公正発展党が2002年に政権に就いてからはより国内問題にも外交問題にも積極的に取り組み、キプロス問題については北の「大統領」や「外相」と何度も会合を開き南との和解を促してきた。そのような途上で、突然キプロス政府承認を迫ることは、トルコの和解への取り組みに対する柔軟性を奪い、トルコの態度を硬化させることになりかねない。EUから度々非難されてきた国内のクルド問題は、現時点においても依然課題は少なくないが、少しずつ改善をみせつつある。EU諸国はトルコのクルド問題を非難しつつも、改革を約束したトルコを信頼し見守ってきた。加盟交渉開始の条件でもなかったキプロス問題を、なぜ今、突然交渉開始の条件として挙げなければならないのか。クルド問題には時間を与え、キプロス問題では今すぐ南の政府を承認すべきと主張する一部のEU加盟国の態度は一貫性に欠けるものであると言わざるを得ない。
2004年4月24日に行われた国連が提示したアナンプランの住民投票は、南の76%という圧倒的反対で否決されたが、北は65%が賛成票を投じた。その結果、せっかく高まった問題解決の期待を打ち砕いた南のみがEU加盟を果たすこととなり、問題解決へ積極姿勢をみせた北キプロスは依然国際社会から取り残された状態を維持するにとどまった。EU加盟が約束されていた南にとって、国連主導の問題解決よりも加盟実現後にEU主導で解決するという選択肢の方が遥かにメリットが多かったのである。当初から南にとってアナンプラン可決のインセンティブは少なかったといえるだろう。そしてドビルパン発言と、それに続く複数の加盟国の同調姿勢は、まさにキプロス問題は当初の南の思惑通りとなったといえる。
国連の提示する連邦案は中央に連邦政府を置き南北キプロスを連邦構成主体とする連邦制を想定している。しかし、たとえトルコがキプロス政府を承認したとしても、南は今ある国家主権を放棄してまで連邦構成主体へ移行するなど、自らの国家を格下げするような道を選ぶということが考えられるだろうか。南の目的は、過去何十年もかかって編み出した「二つの連邦構成主体による連邦国家」という解決法を白紙に戻し、自国に有利になるような修正案を提示していくことであろう。
では、キプロス問題を解決するのに今後も国連に期待することはできるだろうか。2004年のアナンプラン第5版が「最終提案」という立場で望んだ国連のアナン事務総長は、その後、問題解決へ向けた目立った動きを見せていない。それどころか現在では国連改革に追われ、さらにはイラク支援をめぐる疑惑をぬぐいきれず事務総長自身の指導力に疑問が呈されている。難航している国連安全保障理事会改革の期限を9月から年内に先送りせざるを得ない現状で、国連がキプロス問題に専念している余裕はない。EU加盟国の排外意識の高まりと相まって、国連のキプロス問題に対するコミットが薄れればキプロス問題はいよいよEU主導で南に有利なように動き始めるだろう。
キプロス問題の当事者であり、アナンプランに賛成した北は南北統合についてどのような姿勢をみせているのだろうか。2005年4月17日、北で22年間にわたり君臨してきたデンクタシュ「大統領」が退き、統合に積極的なタラトが「大統領」として選出された。北の強硬派が退陣し、統合積極派が選出されたことを国際社会は歓迎した。しかしその統合推進派を待ちかまえていたのは南の強硬派パパドプロスであった。パパドプロスは2003年、長年にわたって北との交渉を行い今回の住民投票でも賛成票を投じた前大統領クレリデスに代わって大統領に就任した。「和平交渉の障害」たるデンクタシュの退陣を喜んだ多くの北の住民とは反対に、国民の多数の支持を集める南の強硬派パパドプロスにとってこれは「不都合な事態」となった。というのも、それまでは「何でも反対の頑固なデンクタシュのせいでキプロス問題が未解決なのだ」というアピールを国際社会に対してしつつ、デンクタシュの影で自分も統合阻止に邁進することができていたからである。デンクタシュなき現在、あからさまな交渉妨害は国際社会からの非難の矢面にさらされかねない。しかしこのような状況の中で強力な助っ人ができた。それがトルコのEU加盟に反対を表明する一部のEU加盟国であったのだ。
ここで立ち止まって考えてみたい。そもそも「キプロス問題」とは、どんな「問題」なのか。もともとは一つであったキプロス島が分断されてしまったことが問題なのか。しかしたとえアナンプランが南北で受け入れられたとしても、南北に存在する連邦構成主体の存在で分断状態は実質的に維持される。現在のままで何がいけないのか、この点に関して南北では意見の一致が見られていない。国際社会から孤立し、南のGDPの3分の1しかない北にとって、南との統合理由は経済的利益に尽きる。一方で、南にとって統合が近い将来経済的利益をもたらすことはない。それどころか、経済的側面から見れば不利益の方が大きい。アナンプランでは南が長い間訴え続けてきた難民帰還とその補償についても言及されているが、それは南の主張には程遠く、統合により補償されるはずのギリシャ系難民に対する補償金は連邦予算から支払われることとされ、実際そのほとんどは南の住民が納める税金である。それにもかかわらず南の住民に統合を思わせてきたものは、結局のところ「昔は一つであったのだから統合されるべき」という心理的なものであるといえるだろう。このように、貧しい北で経済的解決をすることが「問題解決」と考えられ、豊かな南では心理的解決をすることが「問題解決」とされる、双方の認識する「問題」が食い違っている点が「キプロス問題」の本質であるといえるのかもしれない。
EUがもし国連から主導権を引き継いで、問題解決の道を模索していくのであれば、今後どういう方向性で和平交渉を進めていくのかをトルコ側にも示す必要がある。それなしのキプロス政府の承認要請(強制?)は、やはりトルコのEU加盟を阻止したいがための策略といわざるを得ない。キプロス問題をトルコのEU加盟交渉の前提としてあたかも政争の具として扱うのではなく、トルコとの加盟交渉の過程でキプロス問題も同時並行的に扱っていく方が建設的であろう。
1963年から過去40年以上もヨーロッパの一員と見なされるべく努力してきたトルコは、条件をクリアーするたびにEUから新たな条件を次々と突きつけられてくる。このようなEUのやり方にトルコ国内で反発する声が高まれば、EU加盟という目標自体を見直すべき雰囲気が醸成されるだろう。しかしそれと同時に、そうすることがEUの一部の国々の思惑に乗ることであるということにも留意しなければならない。
(一橋大学大学院社会学研究科地球社会研究専攻修士課程 近内みゆき)