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        <title>Global-News</title>
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        <language>ja</language>
        <copyright>Copyright 2008</copyright>
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            <title>オバマ大統領がもたらす中東への危機</title>
            <description><![CDATA[<p>　米大統領選では、オバマ候補の優勢が伝えられる。ヨーロッパにしても、中東諸国にしても、オバマ候補への待望論が強い。8年間のブッシュ政権が、中東情勢、とりわけイラクやアフガニスタンに対する強攻策をとり、失敗してきたことへの嫌気がオバマ支持の声を強めている。中東に限らず、イスラーム世界でも、オバマ支持の声は強い。私が専門とするトルコでも、同様である。<br />
　しかし、トルコで支持の理由を聞いてみると、オバマ候補が黒人であるため、「きっと抑圧や差別を受けたに違いない」という同情論、イラク撤退を宣言していることによる中東政策の変更、とくにイスラエル寄りの姿勢を明確にしていたブッシュ政権と異なり、ムスリムに対し、あるいはアラブ人に対して協調的な姿勢を示すであろうという期待に基づいている。<br />
　しかし、これらはかなりの確立で幻想と言わざるを得ない。たしかに、イラクからの撤退はオバマ政権になれば実現されるだろう。しかし、どういうタイミングで、どの程度、そしてどこに撤退するのかが問題である。いくらオバマが大統領になっても、米国の中東政策、とくにイスラエル支持の姿勢が突然アラブ支持に変わることなどあり得ない。トルコにとっても、いわゆる「アルメニア虐殺問題」に対して、オバマが積極的に支持する姿勢を示すことは間違いない。実際、カリフォルニアを中心とする在米アルメニア人の支持を得るために、オバマが「アルメニア虐殺事件の公認」を議会で通す可能性は高い。<br />
　また、イラクの統一についても疑問が残る。ブッシュ政権が、いかにイラクを破壊したとしても、イラクの統一だけは維持しようとしていた。イラクは、アラブ人であるスンニー派、シーア派と並んで、北部のクルド人の処遇が焦点となる。米国主導のイラク戦争とその後の占領を通じて、北イラクのクルド自治政府だけが、一貫して米国を支持してきた。<br />
　彼らの期待は、クルド国家の独立、もしくは高度の自治を実現することにある。いずれにせよ、イラクの統一を危うくすることは間違いない。オバマ政権は、クルドの自治政府を連邦制のもとでの自治国家として認めるのだろうか。もしそうすれば、イラクの統一は、急速に危機に瀕する。最悪なのは、イラクからの撤退が、米国への帰国を意味するのではなく、部分的に米軍がクルド自治区にとどまることである。<br />
　万一、そういうことになれば、クルド人という世界で国を持たない最大のマイノリティにとっては、背後に米国の支援を得ることになり、きわめて望ましい結果をもたらす。しかし、こうあると、近隣のトルコ、イラン、シリアは、米国がクルド人のバックについてしまうことになり、中東に新たなイスラエルが誕生するという危機感を強めるだろう。<br />
　パレスチナでもオバマへの期待は高い。しかし、イスラエル寄りの米国の中東政策が、さほど変化しなければ、ハマスをはじめ、パレスチナの政治勢力は、オバマへの反感を募らせることになろう。危険なのは、勝手な思い込みによる期待が裏切られたときに発生する敵意である。<br />
　オバマの父親がイスラム教徒であったことも蒸し返されるだろう。彼のフルネームは、バラク・フセイン・オバマである。ミドルネームのフセインがイスラーム初期の指導者の名前から採られていることは間違いない。ファーストネームのバラクも、アラビア語で「神の恩寵」を意味するバラカから来ているかもしれない。<br />
　イスラーム世界では、オバマが実はムスリムであって、自分たちのために働いてくれるのではないかという根拠のないさえある。オバマ自身はキリスト教徒であると宣言している。これは彼の母親がキリスト教徒であったからキリスト教に入信したという形で報道されている。しかし、父親がムスリムの場合、イスラーム法によれば子どもは自動的にムスリムとなる。したがって、オバマが自身をキリスト教徒と宣言すると、イスラームを棄教したことになってしまう。<br />
　各国のイスラーム指導者には、子どもの時に母親の宗教であるキリスト教に改宗したとしても、目くじら立てるようなことではない、と寛容な姿勢を示す人が多い。だが、オバマの中東政策・対イスラーム圏政策が、ムスリムの期待にこたえられない場合、オバマは棄教者として弾劾される可能性がある。<br />
　マケインならば、今以上に悪はならないだろうという諦観がある。オバマは、彼に対する期待が大きいだけに、その反動も大きくなる点で、中東・イスラーム世界にとっては、「何をするかわからない」という意味において危険な存在なのである。</p>]]></description>
            <link>http://www.global-news.net/article/contents/2008/11/post-10.html</link>
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            <pubDate>Sun, 02 Nov 2008 06:28:58 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>グルジア問題からウイグル問題へのつながり</title>
            <description><![CDATA[<p><strong>グルジア問題とイスラーム圏</strong><br />
　北京オリンピックの開催中、世界では大きな事件が相次いだ。イスラーム圏との安全保障を考えるうえで、余りに激しく、かつ重大な事件なので、北京オリンピックに乗じて起こされたと考えても、あながち邪推とはいえまい。<br />
　第一に、グルジア・ロシア紛争である。第二には、パキスタンのムシャラフ大統領辞任、第三に新疆ウイグル自治区での騒乱、第四にアフガニスタンでの治安悪化である。21世紀に入るまでは、中東の問題、南アジアの問題、中国問題、ロシア問題というように、地域を区分して政治情勢や安全保障の問題を論じる傾向が強かった。しかし、現在、これらの問題は、地域区分を超越して検討すべき段階に入った。<br />
　グルジア・ロシア紛争は、一見するとイスラーム圏の問題とはつながりがない。しかし、中長期的な展望に立つと、この問題は、中央アジア、コーカサス、トルコを含むイスラーム圏の将来と密接に関係している。サアカシビリ政権の冒険主義がロシアの逆鱗に触れたところまでは、イスラーム圏とは関係ない。南オセチア問題は、言語的観点からの民族問題に近く、イスラームとの緊張関係の問題ではない。<br />
　問題は、ロシアの干渉が、アゼルバイジャンからグルジアを通過し、トルコから地中海に抜けるパイプライン（BTCライン）をロシアの影響下に置こうというエネルギー戦略を疑わせるところにある。BTCラインは、ロシアの影響力を排除しつつ、中央アジアからコーカサス地域で採掘される原油をトルコの地中海岸に出して、ヨーロッパなどに売るルートとなっている。他にも、グルジアから黒海に抜けるパイプラインもあり、グルジア自身は産油国ではないものの、エネルギールートとして、ヨーロッパにとっては幹線となっている。<br />
　コーカサス地域のなかで、アゼルバイジャンは国民の多数がシーア派ムスリムであり、かつ産油国である。90年代初頭のナゴルノ・カラバウ紛争に絡んで、ロシアがアルメニアを支援したことから、ロシアに対しては潜在的に強い反感がある。アゼルバイジャンでは、中央アジア諸国よりも、アゼルバイジャン語の使用が卓越しつつある。アゼルバイジャン語は、トルコ語に近く、実際、トルコでのトルコ語を話してもかなり通じる。ロシア語とアゼルバイジャン語は何の関係もない。ソ連時代の支配者の言語に対して、民族言語を使用する傾向が強まっているのは、独立後の当然の結果と言える。<br />
バクー油田は枯渇しつつあるが、カスピ海内部の油田地帯の開発は続いており、カスピ海沿岸のイランやトルクメニスタンなども石油、天然ガスの主要な産地である。さらに、広大な国土を持つカザフスタンも、西側に資源を売却するには、グルジアを通過したルートを取らざるを得ない。BTCラインの送油量は日量で100万バレルと言われ、ペルシャ湾のホルムズ海峡の1600万バレルに比べれば少ない。<br />
しかし、原油価格が不安定な現在、中央アジア、コーカサス産原油のヨーロッパへの供給ルートは、相当に重要な戦略的意味をもつ。ロシアが、ベラルーシへの天然ガス供給を停止したことで、西ヨーロッパへの天然ガス供給が不安定化したことは記憶に新しい。政治的関係からはロシアに近いベラルーシに対しても、ロシアは一種の敵対的行動に出た。まして、政治的にCISから離反し、NATOやEUへの接近を図るグルジアに対して、ロシアがエネルギー問題も含めて、首を絞めようとする可能性は充分にある。<br />
中央アジア諸国は、アゼルバイジャンと共通する問題を抱えている。ソ連崩壊によって独立した後、国家のアイデンティティをどこに求めるかについて、いまだに確かな方向性が見えていない。キルギス、カザフスタン、トルクメニスタン、ウズベキスタン、としてコーカサスのアゼルバイジャンはトルコ語系の言葉を話すところから、広義の「トルコ民族」としての親和性が高い。タジキスタンだけはペルシャ語系のため、中央アジアでは、他国とのあいだに、民族的アイデンティティの観点からは距離があるが、ウズベキスタンなど隣国にはタジク人も住んでおり、良くも悪くも、隣人としての相互関係を有している。<br />
難しいのは、ソ連時代から中央アジアに暮らすロシア人、強制移住された朝鮮民族との関係である。中央アジア諸国で、ロシア人や朝鮮民族とネイティブの民族とのあいだに対立が顕在化しているわけではない。しかし、潜在的には、ロシア人と中央アジア諸民族との関係は緊張をはらんでいる。国家間の政治的関係では、今のところ、ロシアと敵対していない。しかし、中央アジア諸民族はイスラーム教徒であり、独立後、宗教的アイデンティティが復活してくるにつれて、ロシア人との違和感は表に出てこざるを得ないのである。<br />
特に、家族のあり方や、性的なことがらについて、ロシア人と中央アジアの諸民族とのあいだには、かなりの隔たりがある。簡単に言うと、中央アジアのムスリムから見ると、ロシア人は「不道徳な」民族に見えている。こういう日常的違和感は、政治的関係が緊張すると、一挙に噴出する。ロシアの政治的圧力に対抗する際に、宗教的アイデンティティが、イスラーム勢力によって強調されると、ロシアと中央アジアの関係は一気に悪化する。<br />
ウズベキスタンもキルギスも、地理的にはアフガニスタンに近いことを忘れてはならない。アフガニスタンで起きていることが、中央アジアに飛び火しない保証はどこにもないのである。現状では、中央アジア諸国にせよ、アゼルバイジャンにせよ、政権は、ロシアとの関係をことさら悪化させようとしていない。これらの国の統治体制は、総じて権威主義的で、ソ連時代の支配方法を踏襲している。そのため、民主化は抑制されており、ロシアの権威主義的な統治と似ているため、ロシアにとっては「似たものどうし」であり、現体制が続くことを望んでいる。<br />
しかし、今後、ロシアが中央アジアの資源に対して、川上から川下まで影響力を強化するようなことになると、中央アジア側の権威主義的体制が不安定化する結果をまねく。ロシアに鼻先を引き回されることになると、中央アジア諸国の政府も容認できないだろう。こうなると、反政府運動や民主化運動が、イスラーム復興運動のかたちをとって現れる可能性を否定できない。民主化要求が、宗教運動とは無関係だった点は、皮肉なことに、ソ連時代の遺産である。独立後、中央アジアやアゼルバイジャンが、独自の国民アイデンティティを立てようとすると、どうしても、イスラームを軸とするアイデンティティに傾斜せざるをえないのである。<br />
今のところ、その兆しは顕著ではない。しかし、逆に、ソ連から独立して初代の政権を偶像化しようとする傾向はいずれの国にも強い。アゼルバイジャンが、なぜ、あそこまで初代大統領ハイダル・アリエフの権威にすがろうとするのか。空港から主要施設まで、みなハイダル・アリエフの名が付けられている。トルクメニスタンが、なぜそこまで、初代大統領、故ニヤゾフを神格化したのか。ニヤゾフは、存命中にトゥルクメンバシ（トゥルクメン人の首領）を名乗り、国民にもそう呼ばせていた。ウズベキスタンが、イスラム・カリモフの権威を高める演出をし続けているのか。豊かな資源をもつカザフスタンも、首都をアルマアタからアスタナに移すことによって、新たな国家建設を印象づけると同時に、政権そのものの正統性を批判する勢力を封じ込めた。キルギスは、独立後最初の体制を民主的な抵抗によって崩したかに見えたが、しょせん、通り一つ隔てれば、「革命」も「反政府運動」も関係のない日常生活がつづいている。すべて、政権を把握している人びとは、ソ連時代のノウハウに学んでいることは確かだが、それを次世代以降に継承するのは難しい。いずれの国も、ソ連と戦って独立を勝ち取ったわけではないので、初代大統領を「建国の父」としてカリスマ化すると、どうも滑稽な感をぬぐえないのである。<br />
アゼルバイジャンの現大統領イルハム・アリエフ政権を見ているとよく分かるが、子どもの代になっても、先代の権威を誇張することによって、子どもの政権の正統性を控えめにアピールしている。権力の世襲に正統性がないことぐらい、当の国民たちも皆知っている。二代目が強権的な姿勢を強めると、民主化運動を引き起こす。しかし、民主化運動の担い手たちが、「何者」として自己をアピールするかが問題なのである。アゼルバイジャン人という民族主義なのか、より広範な連帯を持ちうるイスラームなのか。<br />
現状では、アゼルバイジャンにイスラームが政治化していく動きはみられない。しかし、将来、確実に、イスラーム急進派が民主化を求めるという構図に傾斜していく。現在の体制がどのようなものであれ、民意の反映を要求するという文脈で、イスラーム復興運動が顕在化するのは時間の問題だろう。「民族」を掲げるには、どこか他の民族とのあいだに激しい抗争を経験し、その結果として、自民族の優越なり誇りなりを得ないと、国民アイデンティティとして確立することは難しいからである。</p>

<p><strong>ウイグル独立運動と中央アジアの関係</strong><br />
　オリンピックが開催される前後から、相次いで新疆・ウイグル自治区でテロが発生した。今の時点では、ウイグル人たちが、彼らの境遇を知って欲しいというデモンストレーションの域を出ない。中国政府の強い統制が働いている限り、新疆・ウイグル自治区全体を巻き込むような騒乱に発展することはないだろう。<br />
　しかしその一方で、昆明のバス爆破テロの後に「東トゥルキスタン・イスラーム運動」を名乗る勢力がVTRで犯行声明を出したことに注目している。組織の実態や、リアリティははっきりしない。しかし、彼らは、民族アイデンティティを出してくるにせよ、宗教アイデンティティを出してくるにせよ、国境を越えて、中央アジアからトルコまで、共通の言語をもち、共通の宗教文化を持っていることを軽視すべきではない。<br />
　中国の一地方としての「新疆・ウイグル自治区」という呼称は、中国政府による諸民族統治のなかで制度化されたものであって、ウイグル人自身の呼び名ではない。そして、この地域も石油を始めとする資源の宝庫である。漢族に資源を支配されることへの反発は、ウイグルという民族の分離独立運動として表面化すると考えるのが論理的だが、ウイグルからトルコまでの共通性が、トルコ系民族という民族性に軸足を置いたかたちで表面化するのか、それとも、アフガニスタンやパキスタンの情勢（いずれも中央アジアに隣接している）と共鳴するかたちで、イスラーム抵抗運動のかたちをとって表面化するのか。注目すべき点はここである。<br />
　バス爆破後の犯行声明のウイグル語は、トルコ語地域を専門にする私にも、妙にわかりやすいものだった。私自身はウイグル語を知らないが、何を言っているのか、理解できたのである。偶然かもしれないし、犯行声明を読みあげた人物が、トルコ国内や中央アジアのイスラーム勢力と連携していたから、他のトルコ系諸民族にもわかるような表現で声明を出したのかもしれない。懸念すべきは、連携がすでに成り立っている場合である。<br />
　トルコ国内のみならず、トルコ出身の移民が多いドイツにおいても、ウイグルの独立、中国による抑圧を批判する勢力は、一定の力をもっている。ウイグル独立運動のヨーロッパにおける拠点のひとつはドイツのミュンヘンにある。仮に、民族とイスラームとが合体したかたちで、西のトルコ系諸民族のあいだに、彼らが言う「東トゥルキスタン」の現状打開に連帯の動きが顕在化するなら、そのなかにも、イスラーム色の強い運動が勢力を伸ばす可能性はかなりある。<br />
</p>]]></description>
            <link>http://www.global-news.net/article/contents/2008/08/post-9.html</link>
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            <pubDate>Thu, 21 Aug 2008 06:08:07 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>グルジア紛争の今後とロシアの中央アジア・コーカサス・中東戦略</title>
            <description><![CDATA[<p><strong>ロシアの狙いはBTCパイプライン？</strong><br />
　今回の軍事衝突そのものの原因は、多くのアナリストの指摘によると、サアカシビリの冒険主義＋欧米志向とロシアの言うことを聞かないCIS諸国への恫喝ということになる。確かに、EUに窮状を訴えようと、サアカシビリ大統領自ら、ロシア軍の空爆を受けたゴリを案内したのはいいが、空爆の知らせに、うろたえて防弾チョッキを身につけ、這う這うの体で現場を退散するシーンをVTRに撮られていたのは、いかにも情けないことである。それに続いて、南オセチアからグルジア軍自体も逃走したと伝えられる。<br />
　米国が中心となってグルジア軍を再編し、NATO加盟への道を拓こうとしていたのは確かだが、サアカシビリ政権の側に、南オセチアの処遇をめぐって、対ロシア関係を甘く見ていたところがあった点は否めない。<br />
　欧米各メディアが伝えるように、サアカシビリ政権は、欧米寄りにシフトしようとしたのは確かだとしても、そのことと、南オセチア、アブハジアなどのグルジアからの離反勢力をコントロールする政策を具体化していなかったことが、今回の破局を招いた。ブッシュ大統領による、ロシア非難の声明は、米国としては筋が通っているものの、肝心の当事者の国内統治（南オセチア、アブハジアも含めて）に詰めが甘かったため、口先介入に終わる可能性を否定できない。<br />
　フランスは、ここでも、自国の存在感をアピールするために、外相につづいてサルコジ大統領をモスクワに派遣して、メドヴェージェフ大統領（実際にはプーチンであろうが）から、作戦終結宣言を引き出して、調停役を果たしたようにみせた。</p>

<p><strong>エネルギー戦略と危機の連鎖</strong><br />
　外面的には、グルジア支援の側にあったはずの米国政府やEU諸国は、今回、サアカシビリ政権を救済するために実効的な対策を採れなかった。果たして、救済するに値すると考えたかどうか、微妙なところである。<br />
　しかしながら、ロシア政府の意図は明確であった。さかんにコソボの独立を引き合いに出していることから分かるように、セルビア（ロシア寄り）と対立するコソボの独立をEUや米国が後押ししたことが、ロシアを不快にさせたことは言うまでもない。割合と単純に図式化できる話だが、今回、グルジアの支配を嫌う南オセチアを煽動して、「独立」させ、事実上、ロシア側に引き寄せる意図は明白である。東欧地域で、セルビアの支配に抵抗したコソボを支援した欧米の位置と、南オセチアを「救う」ために果たしたロシアの役割を同じ位置に見せようとしている。<br />
　だが、ここに厄介なシナリオが透けて見える。コーカサスには、アゼルバイジャンのバクー、グルジアのトビリシ、そしてトルコの地中海岸ジェイハンに至る重要なパイプラインがある。他にも、グルジア国内を抜けて黒海に向かうパイプラインがある。これらは、中央アジアからトルクメニスタン、そしてカスピ海を挟んで対岸のアゼルバイジャンへと原油や天然ガスを供給するルートになっている。<br />
　これがロシアを通過しない点に重要な意味がある。ロシアからの石油・天然ガスルートのなかで、ロシアと近いベラルーシを通過するパイプラインでさえ、ロシアが恣意的に供給を制限したことは記憶に新しい。ヨーロッパは、ロシア産の石油や天然ガスの供給を需給関係のなかに織り込んでいるから、ロシアが、資源を戦略的に利用すると、ヨーロッパ側に大きなダメージを与えることができる。<br />
　ヨーロッパのエネルギー戦略において、ロシアという大国の影響力を排除するうえで、グルジア経由で黒海や地中海に抜けるルートは、きわめて重要な意味をもっている。今回のロシアのグルジア侵攻は、できれば反ロシアのサアカシビリ政権を追放したいという政治的意味合いだけでなく、中央アジア・コーカサスの石油資源をヨーロッパ側に供給するルートを実質的支配するという危険な戦略の一環と見るべきではないだろうか。</p>

<p><strong>中央アジア・アゼルバイジャンの懸念</strong><br />
　中央アジア諸国は、ロシアと微妙な関係を維持している。敵対もしないが、資源の草刈場にされることを嫌っているのは明白である。旧ソ連から独立した中央アジア諸国、カザフスタン、キルギス、ウズベキスタン、トルクメニスタンなどの諸国とおよびアゼルバイジャンを可能な限りロシアを傘とする安全保障体制の中に組み込み、結果としてエネルギー戦略において、中央アジア産の石油や天然ガスに対する支配権を打ち立てたいのがロシアの戦略だろう。この方法は、かつて、中央アジアに綿花栽培を半ば強要したにもかかわらず、それを商品化して販売することを許さなかったソ連の政策とよく似ている。ウズベキスタンなど、綿花栽培の中心でありながら、シャツひとつ作ることができなかった―独立から十年を経て同国を訪れたときに目の当たりにした現実であった。<br />
　エネルギー資源だけではない。実際、中央アジアやウクライナなどの地域からロシアにもたらされる農産物も相当な量におよぶ。中央アジア産の農産物を失ったら、ロシアの食生活は成り立たないだろう。だから、ソ連時代には、肥沃な中央アジアから農産物を、せっせと「供出」させ、モスクワ市民の生活を維持させたのである。結局、いまでもその構造は基本的に変わっていない。ロシア側の周辺諸国に対するスタンス―ロシアを食べさせるための食糧を供給する後背地―もさして変化したとは思えない。<br />
　グルジアは、エネルギールートで言うなら、西側へ抜けるルートにおいて、ロシアの影響を受ける「最後の砦」である。隣はトルコだから、もはやロシアの傘の下にはない。最後の砦の首を絞めることで、より東に位置する中央アジアの産油国を牽制する効果をもつ。中央アジア諸国やアゼルバイジャンは、このことに危機感を募らせるだろう。90年代初頭のアルメニアとの紛争で、ロシアがアルメニアに加勢したことを未だにひどく恨んでいる人々が多いアゼルバイジャンなど、同じコーカサスにあるため、ロシアによる力の支配が波及することに懸念を深めているに違いない。<br />
</p>]]></description>
            <link>http://www.global-news.net/article/contents/2008/08/post-8.html</link>
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            <pubDate>Wed, 13 Aug 2008 03:28:59 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>グルジア・ロシア戦争とトルコ</title>
            <description><![CDATA[<p><strong>南オセチア問題とサアカシビリの賭け</strong><br />
　コーカサスの国、グルジアには、東北部、ロシアに接する地域に南オセチアがあり、西部にはアブハジアがある。南オセチアではグルジアとはもともと民族的に異なるオセット人が多いところから、グルジアからの分離独立、ロシア領北オセチアと同様にロシアへの併合を求める勢力があり、グルジアは、北京オリンピック開催という世界の注目が集まる次期に、軍を侵攻させ、両地域をグルジア政府のもとに実質支配する戦略にでた。<br />
　これに対して、ロシア軍はロシア系住民を保護する名目でグルジア領内を空爆したほか、地上部隊も展開させ、さながら両国は戦争状態に入った。よく知られているとおり、グルジアは、ＮＡＴＯへの加盟を希望しており、米国およびトルコの支援で、軍の再編・強化が進められていた。今回のロシア軍の攻撃は、グルジアのロシア離れ、親欧米政策に対するロシアの牽制である。</p>

<p><strong>トルコ側からの視点</strong><br />
　トルコは、一貫してグルジアとの有効協力関係を維持している。グルジア、アルメニア、アゼルバイジャンというコーカサス三国の関係は、なにしろアルメニアとアゼルバイジャンが90年代初頭にアゼルバイジャン内部にあるアルメニア系住民の飛び地ナゴルノ・カラバウをめぐって、激しい戦闘になった経緯があるから、アルメニアとアゼルバイジャンの関係は極めて悪い。<br />
　トルコは、アルメニアとの国交がなく、言うまでもなく両者の関係は極めて冷え込んでいる。これは、歴史的に、アルメニア側がトルコによって同民族の大虐殺が行われたと主張してきた背景があるためである。<br />
　トルコとアゼルバイジャンは、同じトルコ系民族で、言語的にも近いところから極めて親密な友好関係を維持している。そして、トルコとグルジアも、アルメニアを挟み撃ちにしている関係上、友好的である。特に、アゼルバイジャンのバクー、グルジアのトビリシ、そしてトルコのジェイハンを結ぶＢＴＣパイプラインは、コーカサスおよび中央アジアから西側に抜ける重要な原油輸送ルートとなっており、グルジアの不安定化はトルコ経済にとっても死活問題となりかねない。<br />
　戦闘開始以来、トルコはグルジアの首都トビリシげの電力供給が切断されたところから、トルコ川から80万キロワットの送電を開始している模様である。<br />
　エルドアン首相は、いまのところ、グルジア、ロシアの両者に即時停戦を求めているが、ロシア外相は、10日、グルジアの軍備増強の背後には米国とトルコという二つのＮＡＴＯ加盟国がいるとして、トルコを非難した。トルコ国内では、グルジアに対する同情論が強く、政府も、平和的手段でグルジアに対する人道援助を行うことを表明している。<br />
　10日は、ＢＴＣラインがロシア軍の攻撃を受けたが被害が出なかったとトルコ側メディアが報じた。トルコとの直接の外交関係よりも、ＢＴＣラインに打撃を与えることがロシア側の今回の侵攻のなかに含まれていると、アゼルバイジャン、トルコ両国を敵に回すことになりかねない。<br />
　大きな石油資源をもたないトルコにとって、中央アジアからコーカサス、そしてトルコに抜けるＢＴＣパイプラインの存在は、いわばエネルギールートの生命線であり、これは、トルコ以西のヨーロッパ諸国に対する石油・天然ガス供給ルートとしても戦略的にきわめて重要な意味をもつ。<br />
　すなわち、ペルシャ湾岸経由の輸送ルートが、万一、制裁を強化されているイランの反撃でホルムズ海峡封鎖という事態に至った場合、緊急に石油をヨーロッパ方面に供給できて、かつロシアの影響下にないルートは、基本的にＢＴＣラインに依存することになるからである。<br />
　グルジアとしては、アメリカやEUに支援要請を行うことになるが、同時に、国境を接するトルコにも各種の要請があったものと思われる。軍事的に事を構えることはないとしても、トルコにとっては、重要なエネルギールートの確保という戦略的課題にとって、今回の戦争は極めて憂慮すべき事態となっている。</p>]]></description>
            <link>http://www.global-news.net/article/contents/2008/08/post-7.html</link>
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            <pubDate>Mon, 11 Aug 2008 03:27:59 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>トルコ、憲法裁判所判決でエルドアン政権は変わるのか？</title>
            <description><![CDATA[<p><strong>憲法裁判所判決のインパクト</strong><br />
　7月末の憲法裁判所による違憲判断で、公正・発展党（ＡＫＰ）は、解散はまぬがれたものの、政党助成金の半減という罰金刑を受けた。公正・発展党の、イスラーム顕在化路線が憲法に定められた世俗主義原則に違反するという判断でった。いわば、政党活動が違憲（有罪）とされたのだが、執行猶予（解散はさせずに罰金刑）となった。<br />
　気をつけて行動しないと、公正・発展党は、再び同じ世俗主義違反で違憲に問われる可能性がある。当初、単独与党の解散請求ということから、まるで司法のクーデタのように見えたので、欧米・日本のメディアは、一様に、解散を回避したことを重視して報道した。確かに、与党を憲法裁判所が解散させるというのは尋常ならざる行為で、民主的な国家の司法は、通常、このような判断を下さない。その意味で、トルコは民主国家という評価を内外から得たので、その点では、評価すべき判決であった。</p>

<p><strong>その後の行動</strong><br />
　では、公正・発展党は、従来のイスラーム顕在化路線を捨てられるのだろうか？判決の直後、公正・発展党の議員たちの中には、「これで二度と憲法裁判所に足元を掬われるようなことは起きまい」という楽観論が広がったが、そう簡単に事は運ばないだろう。これから8月30日までは、軍幹部の人事異動を含め、トルコ共和国の歴史に関わるイベントが続く。<br />
　早速今週、ギュル大統領による、多くの国立大学の学長指名が行われた。毎年の年中行事だが、これがなかなか難題で、大統領は、高等教育評議会（YÖK）の推薦に基づいて指名する。しかし、そもそも高等教育評議会が各大学での投票で第一位の候補を第一順位で大統領にあげてくるとは限らないし、大統領は、高等教育評議会が第一順位で推薦した候補を学長に指名するとも限らない。実際、今回も、いくつかの大学で、学内投票では第二位の候補を大統領が指名している。イスラーム寄りの候補者を指名したとして、学内から辞任する教授が続出した大学もある。<br />
　この点、与党、公正・発展党が主張する民主化路線とは矛盾する。そもそも、大学の学長を一々大統領が指名・任命するという制度そのものが、一歩間違えば、権威主義的体制と見られかねない。だが、問題はそもそも、学内での学長選挙⇒高等教育評議会の推薦⇒大統領による学長指名という順序で行われる任命手続きが民主的方法とは言えない点にある。<br />
　前任のセゼル大統領は世俗主義派だったが、そのときは、どうもイスラーム寄りと見られた学長候補を選ばなかったから、ギュル大統領になって、イスラーム色のある学長を選んだとしてもお互い様ということになる。それでも、判決後、早々に行われた学長選考手続きで、やはりイスラーム色をもつ人材を据えたいという考えを持っているのではないかという疑念をもたれたのは確かである。</p>

<p><strong>軍幹部の交代</strong><br />
　同時に、8月は軍幹部交代の時期である。人事異動のために開催される高等軍事評議会は、エルドアン首相を議長として行われるが、実際に、軍側の人事構想に政府が異を唱えることはない。今回も、イルケル・バシュブー陸軍司令官が、ブユク・アヌト参謀総長に代わって、全軍を統率する参謀総長に就任するほか、陸・海・空・ジャンダルマ司令官、各軍管区司令官などが異動となった。<br />
　幹部人事で注目は、ブシュブー参謀総長に集まった。英紙のなかには、「氷の戦士」と評したものもあるが、おおむね、次期参謀総長が広い視野にたって、政府との緊張を緩和するのではないかという観測が欧米メディアの論調である。しかし、私は個人的には、バシュブー新参謀総長は、ブユクアヌト現参謀総長以上に、軍のプリンシプルに忠実にしか動かないだろうと推測する。ブユクアヌト参謀総長は、国民から親近感をもたれていた。熱狂的なフェネルバフチェ（サッカーチーム）のファンであることを公言するし、なかなかウィットに富んだ発言をする。しかし、二つの側面は堅持していた。その一つは、昨年の大統領選挙に際して、軍として「言葉のうえではなく、信念として世俗主義を堅持する候補者が大統領たるべきだ」と参謀本部のウエブサイト上に警告文を出し、軍が、世俗主義原則の決然たる守護者であることを繰り返し表明した。また、ＰＫＫ掃討のためのイラクへの越境攻撃に関しては、政府からの攻撃指示がなければ、絶対に動かないことを繰り返し明言した。<br />
　どちらも、トルコ共和国にとっての重要な憲法原則であり、軍が、いわば右顧左眄することなく、忠実な護憲派であることを明示したものと言える。これらの点について、バシュブー新参謀総長が、政権との間に妥協的な姿勢を示すとは考えられない。世俗主義の擁護、一にして不可分の共和国の防衛という観点では、バシュブー新参謀総長も、前参謀総長の路線を踏襲するであろう。<br />
　ただ、異なるとすれば、最終的に軍が政治的な決断をする際に、より軍のプリンシプルに忠実に、かつ、決然とした行動を起こすだろうという点である。バシュブー新参謀総長は、軍の取り巻きを自認する国粋主義者や世俗主義者のジャーナリスト、知識人などとも一線を画そうとする。トルコ人は、一般的に、親しくなると、それなりに話の内容も立ち入ったことに言及するが、バシュブー新参謀総長は、どうやら、人との距離のとり方についても、厳格なプリンシプルを維持する性格とみられる。<br />
　原則はこうだが、現状の政治状況からすると、どうもそこまで踏み込めるか・・・というような判断を迫られた場合、バシュブー新参謀総長は、状況判断よりもプリンシプルを重視する可能性がある。余談だが、6月の国際会議の際、軍主催でボート･ツアーが行われた。参謀次長の主催でドレスコードは「カジュアル」であった。主催者のエルギン・サイグン参謀次長（陸軍大将・次期第一軍管区司令官）は、ジャケットにノーネクタイ。参加するとは知らされていなかったブユクアヌト参謀総長は、スマートなジャンパー姿、バシュブー陸軍司令官は、6月というのにセーターを着込んでいた。後で分かったが、その日は、6月としては異例に寒く、雨も降り出した。バシュブー陸軍司令官（次期参謀総長）は、そういうときにも、準備万端怠りがないという印象を受けた。<br />
　軍幹部の交代に伴って、例年、軍内部の規律違反によって何十人かの将校が軍籍を剥奪されるのだが、今回は一人も該当者がなかった。このこともトルコのマスコミの憶測を呼んでいる。エルゲネコン疑惑で元軍人たちも逮捕、起訴されていることもあり、軍が不適格者を何人、どういう理由で軍籍剥奪に出るかが注目を集めていたときだけに、該当者なし、という決定は、世俗主義の野党、共和人民党（ＣＨＰ）から批判された。軍が政権と妥協的になって、揉め事を起こしたくないのではないかという憶測を呼んだのである。これに対して、軍は、強い調子で反論する声明をだした。手続きを踏んで、今回は該当者なしとしただけで、一切、政治的意図はないというのである。<br />
　エルゲネコン疑惑の捜査の手が軍内部に波及する可能性もトルコ・メディアによって示唆されているところから、司法の捜査を注視していると見るのが妥当かもしれない。<br />
</p>]]></description>
            <link>http://www.global-news.net/article/contents/2008/08/post-6.html</link>
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            <pubDate>Sat, 09 Aug 2008 02:25:45 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>公正・発展党に対する解散請求却下（速報）</title>
            <description><![CDATA[<p><strong>憲法裁判所、公正・発展党解散請求を却下</strong><br />
　７月３０日、トルコ憲法裁判所は、共和国検察庁検事総長から起こされた、与党、公正・発展党（ＡＫＰ）に対する解散請求訴訟、およびギュル大統領、エルドアン首相ら同党政治家の政治活動禁止請求を却下した。１１人の憲法裁判所判事のうち、解散請求を是としたのが６人、否としたのが１人、残り４人は、公正・発展党に対する政党助成金を剥奪させるという判断を示した。その結果、憲法裁判所は合議の結果、「公正・発展党に対する政党助成金を２分の１に減額する」という決定を下した。<br />
<strong>判決の意味</strong><br />
　ハシム・クルチ憲法裁判所長官は会見で次のように述べた。「憲法の定める政党解散に必要な賛成票７に達しなかった。すなわち解散請求は却下された。しかしながら、判決は公正・発展党に対する政党助成金の半減を求めており、同党に対し重大な警告を発した。同党が、この警告の意味することを理解するであろうことを信じている」<br />
　従って、①憲法裁判所としては、これまでの公正・発展党による「イスラーム化」政策が、憲法の定める世俗主義条項（第２条）に抵触するものとして「違憲」という判断をした。②しかしながら、今日の政治・社会・経済的状況から、民主国家において政党解散がふさわしくない。③その結果、重大な警告として「政党助成金の半減」という結論に達したということになる。<br />
　判決では、個々の政治家に対する判断は、個別に訴訟で争われるべきことがらとして判断を示さず、政党解散に関する点に絞っている。クルチ長官の記者会見は、苦渋の色を強くにじませたもので、今日のトルコ情勢が極めて緊迫していることを示した。会見の第一報を伝えたトルコ各紙によると、長官は「憲法に反する憲法改定が行われたが、（かといって、改憲を行った）政党を解散させることはできない」と指摘している。<br />
　これは、６月５日に憲法裁判所が下した判決と関連している。先に公正・発展党政権は、大学での女子学生のスカーフ着用を解禁すべく、関連法案と憲法改正を議決した。しかし、野党が憲法裁判所に提訴し、憲法裁判所は、スカーフ解禁のための憲法第１０条、第４２条の改定を違憲とする判断を下したのである。第１０条、第４２条の改定とは、要約すると、第１０条が「民族、宗教（信仰）、思想信条ゆえに【あらゆる公的役務において】差別を受けない」、第４２条が「【法によって明示されていない、いかなる理由によっても】高等教育を受ける権利を奪われない」（【＊＊】が改定部分）というもので、憲法第２条で規定されている「トルコは世俗主義の国家」という条項に明示的に違反するものではなかった。にもかかわらず、６月５日の判決で、この改定を違憲としたのは、従来、「世俗主義原則によって禁じられていた大学での女子学生のスカーフ着用を解禁するため」という改憲の意図を忖度してのことであったと考えざるを得ない。<br />
　その意味では、今回の判決もまた、純粋に憲法判断をしたというよりも、今の状況では、憲法上の規定として政党を解散することは可能だとしても、あまりに失うものが大きいという政治的な判断を含んでいるようにみえる。解散請求に唯一反対票を投じたのは、クルチ長官自身である。パスクト副長官は賛成している。<br />
　トルコの憲法裁判所での違憲審査では、判決の前に、委嘱を受けた憲法学者がラポラトゥール（報告者）として、見解を述べる。今回も、事前にラポラトゥールの報告が出たが、それは公正・発展党の解散に反対する主旨であった。クルチ長官は、会見でラポラトゥールの報告を尊重したことを述べたが、この報告が出たころから、トルコ国内では、政党解散まではいかないのではないか、という観測もあった。過去１年のあいだに、トルコは、あまりに困難な政治課題に直面していた。昨年は、北イラクに拠点をもつＰＫＫ（クルディスタン労働者党）によるトルコ軍および市民に対するテロ・攻撃が激化し、昨年末から今年２月にかけて、トルコ軍はイラク領内に越境して掃討作戦を行った。<br />
　昨年の大統領選挙では、与党の議席数が第１回投票で大統領を選出するだけの数がないことに着目した野党、共和人民党（ＣＨＰ：世俗主義＋国家主義）が、憲法裁判所に選挙の無効を求めて提訴した。憲法には、大統領選挙のための定足数の規定がなかった点を突いたのである。しかも野党は大統領選挙をボイコットした。憲法裁判所は、この訴えを認めたため、与党は、野党がボイコットを続ける限り、未来永劫大統領を選出できないという異常な事態となり、エルドアン政権は議会を解散し早期総選挙が実施された。ちょうど１年前の７月に行われた総選挙でも、エルドアン率いる公正・発展党は４７%の圧倒的支持で勝利した。この混乱のもとになったのも、実は憲法裁判所の決定であった。当然、憲法裁判所は、与党側からの強い批判にさらされた。<br />
　さらに、昨年から、続々と逮捕者を出してきた政府転覆の陰謀が、先週２５日に立件され起訴状が公開された。この陰謀は、コードネームで「エルゲネコン」と呼ばれ、元軍人、実業家、学者、政治家などからなる国粋主義者や世俗主義者が、エルドアン政権を混乱に陥れるために、首相、軍参謀総長、ノーベル賞作家、クルド政党党首などを軒並み暗殺し、社会を大混乱に陥れて、クーデタへの道を拓く（起訴状による）という途方もないものである。真偽は公判を経ないと分からないが、このような大陰謀があることは、与党側から指摘されていたため、政敵に対する与党側の反撃ではないかという疑惑も招いた。<br />
　過去５年間で、年８％ちかい経済成長を達成し、国民に安定感を与えてきた公正・発展党としては、テロはもちろんのこと、このような不安定要因を抱えていては政権運営が困難となる。ここまで、物騒な話が飛び交う背景には、国内にあるエルドアン政権に対する深い不満がある。不満は主として２点に要約できる。一つは、世俗主義派からのもので、言うまでもなく、エルドアン、ギュル体制の公正・発展党がイスラーム主義的傾向を強めていたことによる。もう一つは、エルドアン政権が、イスラーム色を出すと同時に、アメリカとの協調体制を強めようとしていたことへの国粋主義的な不満である。EU諸国が、加盟交渉条件ではないキプロス共和国（ギリシャ系）承認問題を持ち出して、EU加盟交渉をブロックしようとしたにもかかわらず、エルドアン政権は粘り強く交渉を継続している。このことも、国粋主義者にとっては大きな不満の原因となっている。<br />
　そこで、従来、あまり親和性のなかった国粋主義者（トルコ民族主義者のなかで、とりわけ国粋主義的傾向の強い勢力だが、イスラームはトルコ人をトルコ人たらしめる重要な要素と考えるので、世俗主義派とはそりが合わない）と世俗主義者が連携して、公正・発展党を批判するという構図を作り出した。政党間の関係で言えば、世俗主義政党の共和人民党と国粋主義の民族主義者行動党は、本来、その意味で親和性が低いのだが、圧倒的支持を受けた公正・発展党に対抗するためには、一定の協力関係を持たざるを得ない状況だったとも言える。<br />
　国民の側は、空前のバブル経済のなかで、「繁栄」を壊さないで欲しいという思いが強いため、体制イデオロギーとしての世俗主義を金科玉条のように繰り返す共和人民党を見放しつつある。他方、ＰＫＫによる攻撃が激化したことで、民族主義者行動党は支持を拡大した。<br />
　だが、一国主義的な国粋主義を振りかざすことは、現政権に対する不満を吸収できても、今日の国際情勢のなかで、トルコの戦略的位置を高めることにはつながらない。野党勢力の側にとっては、手詰まりの感が強かったのである。<br />
<strong>民主主義vs.国家原則</strong><br />
　しかしながら、トルコという国にとっては、この状況が抜き差しならない意味をもってしまう。選挙の結果、民意が公正・発展党を支持したのだから、その政策に従えばいいかというと、そう簡単にはいかないのである。トルコは、ヨーロッパ列強との死闘をへて独立した国であるため、二度と、国民や国土が分割されたり分断されることを許さないことを憲法で明示している。それが、「絶対不可分」と「世俗主義」の原則である。これらの原則は、憲法第４条で、「改正不可」「改正の発議も禁止」と規定されているため、いかに民意を受けたとはいえ、いかなる政党も、これを犯せない。この条項を変えてしまうと、トルコ共和国のレジームが根底から変わることになるのである。<br />
　しかし、公正・発展党政権は、二期目（２００７年～）で、このレジームに挑戦する姿勢を打ち出した。世俗主義原則について言えば、現行憲法の規定は、フランス型の絶対的政教分離だが、これを宗教が公の領域に関与できるアングロサクソン型（典型的なのはイギリス、オランダ）に変えようとしたのである。簡単に言えば、フランスではキリスト教政党は認められないが、オランダではキリスト教政党がある。フランスでは国家の教会など絶対に認めないが、イギリスには国教会が存在する。フランス型から、イギリスやオランダ型に舵を切ろうとしたのである。だが、これは、どうしても現行憲法の世俗主義の主旨には反する。簡単に言えば、フランスがイギリスになれるわけはないのである。<br />
　欧米諸国は、今回の訴訟を「司法による民主主義への挑戦」とみなしていたが、事態はそれほど単純ではない。欧米のキリスト教社会では、いまさら教会が露骨に国政に介入することは、フランス型だろうが、アングロサクソン型だろうが、ありえない。しかし、教会制度をもたないイスラームでは、「民意」が、「教会」と同じ機能をもつので、政教分離はもともと困難なのである。<br />
　トルコは、イスラーム圏にあって、それを唯一、国家の力、憲法の力で実現した。いわば、力で国家と宗教を分離してきたのである。ムスリムの社会は、民意に委ねれば、必ず、イスラーム化の方向に向かかう。。これは、イスラームという宗教がもつ本質的な性格によるものであって、政策によるものではない。したがって、欧米の論調のように、この訴訟が民主主義への挑戦だと簡単には言い切れないのである。EU諸国は、今回の憲法裁判所が解散を却下したことを一様に歓迎しているが、イスラーム社会の本質を見落としている。エルドアン政権自身、今回の判決を受けて、はっきりと世俗主義を緩和する方向、すなわちイスラーム化の方向に舵を切ることは難しくなった。穏健な状態で歯止めがかかったのは良いことだ、というのがEU諸国の見方だが、政権自体が、より急進的なイスラーム主義者の挑戦を受ける結果をまねく可能性は高い。今後、バブル経済が崩壊すると、夢を裏切られた民衆は、必ず、急進的イスラーム主義に引き寄せられるからである。<br />
　<br />
　<br />
　</p>]]></description>
            <link>http://www.global-news.net/article/contents/2008/07/post-5.html</link>
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            <pubDate>Thu, 31 Jul 2008 01:43:13 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>トルコ同時テロ事件</title>
            <description><![CDATA[<p><strong>7月27日の同時テロ事件</strong><br />
　2008年7月27日、イスタンブルで爆弾テロ事件が発生した。最初の爆発から数分後に第二の爆発が起き、二回目の爆発で多くの犠牲者が出た。最初の爆発に驚いた人々が飛び出してくるのを見計らって破壊力の大きい二発目を爆破させたことは、このテロが周到に計画されたものであることを示している。28日の時点で、死者は17人、負傷者は100人以上と伝えられた。<br />
　犯行現場は、イスタンブル市の西の郊外で、今のところ、「場所」が犯行の意図とどう結びつくのかはわからない。犯行日時に関しては、根拠の有無とは関係なく、二つの重大な政治的事件の前後に発生したことは事実である。<br />
　その一つは、7月25日にエルゲネコンというコードネームで呼ばれてきた大規模な陰謀事件の起訴状が公開されたことである。2007年以来、トルコのメディアをにぎわせてきた「エルゲネコン疑惑」は、その内容が公にされないまま、疑念だけが膨らむという危険な様相を呈してきた。今年に入って、検察庁が与党、公正発展党の解散とギュル大統領、エルドアン首相をはじめ71人の同党の政治家に対する5年間の政治活動禁止を求める訴訟を憲法裁判所に起こしてからは、「エルゲネコン疑惑」に絡むジャーナリストや元軍人の逮捕そのものが、政権による政党解散訴訟への反撃とみる傾向が強まった。逮捕されたなかに、エルドアン政権の親米色（イスラーム政党ではあるが親米的政策が強い）を批判してきた国粋主義者、エルドアン政権がイスラーム色を出していることを批判してきた世俗主義派のジャーナリスト、学者などが含まれているからである。<br />
　しかし、25日に明らかにされた起訴状によると、エルドアン首相、ブユクアヌト参謀総長、ノーベル文学賞受賞者のオルハン・パムク、クルド政党の党首、イスタンブルのギリシャ正教、アルメニア教会の代表などまで暗殺対象となっていたという。真偽は、今後の審理で明らかにされるだろうが、この起訴状を見る限り、トルコ国内で敵対ないし緊張関係にある各勢力のトップを暗殺することで、疑心暗鬼を掻き立て、社会を混乱に陥れたうえで軍の介入を誘うというクーデタ計画だということになる。<br />
　それが25日に明らかにされた直後であるところから、「エルゲネコン疑惑」が真実であるなら、その計画の支持者が犯人であっても不思議はない。この場合は、極めて国粋主義的なトルコ民族主義者が疑われる。世俗主義急進派というのは、そもそも「存在」として考えにくい。世俗主義は建国以来の体制イデオロギーだから、急進化する理由がないのである。したがって、犯行グループを急進的世俗主義派と考えることは難しい。<br />
　現在のトルコにおいて、極端な国粋主義者とは、いかなる組織・人物像であろうか。たしかに、一連のエルゲネコン疑惑で逮捕された人々のなかには、たとえばアンカラ商工会議所会頭であったシナン・アイギュンのように、大物実業家（といってもいかなる事業で頭角を現したのか、どの企業の経営者であるのかは判然としないという実に奇妙な人物である）が、国内撹乱のための資金提供を疑われているケースもある。暗殺・テロの容疑がかけられた中には、労働党という政党の党首や関係者がいる。元々、その名が示すとおり、労働者の利益を代弁する左派政党にみえるのだが、彼らは同時にトルコの労働者の声を反映させるという名分から、国粋主義の極右とみることもできる。<br />
　トルコの政治分析において、外部からみると極めてわかりにくいのが、「自称左派」が恐ろしく国粋主義、百歩譲っても教条的な国家主義者であるケースがよくみられる点である。国粋主義者、国家主義者といえば、通常は、右派、ないし極右に張られるレッテルだが、トルコの場合には、そうはいかないのである。トルコ共和国に対して反国家主義を公然と唱える、過去のテロでも実行犯とされてきたのは、①イスラーム急進派（トルコという国などどうでもよい。必要なのはムスリムの連帯であるから国家主義には否定的）、②そもそも「トルコ人」たることを拒否するクルド分離独立派、③急進的共産主義者勢力ということになる。だが、③は冷戦後、実体としては勢力を失っている。<br />
　逆に言えば、この三者に対して国粋主義者は、激しく「売国奴」と非難する。彼らの中には、中央アジアのトルコ系諸民族との連携を主張する者たちもいる。ウイグル（東トルキスタン）からトルコまでを、巨大な兄弟の文明と認識しているから、エルドアン政権が米国と協調し、トルコ国民と国家が米国に操られているとして、激しい反発を示す。<br />
　他方、事件の翌日、すなわち28日は憲法裁判所において、上記の与党解散請求訴訟の審理開始の日である。すでに、起訴状は開示され、被告である公正発展党側の反論書も提出されている。本件に関する憲法裁判所指定のラポラトゥール（報告人）の意見も提出された。後は、口頭弁論が開始されるのだが、その日が28日だったのである。<br />
<strong>与党解散訴訟との関連</strong><br />
　もし、この審理開始とテロ事件とのあいだに何らかの関連があるのならば、それはいかなるものだろうか。訴訟自体は、世俗主義を支持する共和国検察庁によって提起され、憲法判断を行う憲法裁判所で審理される。トルコの場合、憲法上の異議は、直接憲法裁判所で審理されるため、下級審からの控訴・上告によらない。従って、ここで訴追されている71人の政治家の言動が憲法の世俗主義条項（第2条）に違反し、その違反が、公正発展党という政党の性質に基づくものだと判断されると、政党も解散に追い込まれる。<br />
　外国では、「政党解散」の面が強調されているが、起訴状には、同時に、ギュル大統領、エルドアン首相を始めとする個々の政治家のこれまでの言動・政治活動に憲法違反があり、政治活動の禁止を要求している。問題となっている言動が、公正・発展党という組織と密接に関係しているから、政党の解散を求めるというのが起訴状の論旨である。<br />
　この訴訟とテロが関連するならば、欧米メディアが示唆するように、イスラーム急進派が起こした可能性はあるのか。現時点で犯行グループが特定されていない以上、その可能性は否定できない。ただし、その場合、「理由」を冷静に検討する必要がある。公正発展党のエルドアン政権は、イスラーム色を打ち出しており、2007年7月22日の総選挙で圧勝（47％得票）して以来、イスラームを公的領域で可視化させる政策を実現しようとした。その代表的なものが、従来、憲法の世俗主義条項を理由に禁止されてきた「女子大学生のスカーフ、ヴェール着用の容認」であった。これを容認するために、憲法の第10条および第42条を改正し、各々「法に別段の定めがある場合を除き、宗教（信仰）によって差別を受けない」「あらゆる公的役務において、宗教（信仰）を理由に差別を受けない」という規定を設けようとしたのだが、これが6月4日に憲法裁判所から違憲との判断を受けた。<br />
　実際、違憲判決後、全国の国立大学（私立大学は同調したところとしなかったところがある）で、一度は解禁されていたスカーフが再び禁止され、女子学生は校門の前の守衛所でスカーフをはずすことを求められた。<br />
　このような動きは、確かに、イスラーム主義者の強い不満を引き起こす。その延長線上に公正発展党の解散請求訴訟があるのだから、イスラーム主義者の過激派が、訴訟そのものに暴力的警告を発する意図でテロを起こすことは可能性として排除できない。<br />
　しかし、他方、このテロがエルドアン率いる公正発展党政権の治安対策が不十分との批判を招くことは必定であり、エルドアン政権そのものがテロによって甚大なダメージを受けることになる。イスラーム政党にダメージを与えることも辞さないテロは可能だろうか。この点で、欧米のメディアの分析はいささか単純である。<br />
　論理的に言えば、イスラーム過激派による犯行説は可能性をもっている。しかしそれは、与党への解散訴訟に敵対する目的だとすると与党への打撃と矛盾するので、異なる「理由」がなければならない。それは、エルドアン政権の対米・対欧協調路線である。<br />
　エルドアン政権は第一期（2002～2007年）、第二期（2007年～）を通じて、一貫して対米協調路線を崩していない。むしろ、バブル経済を支えるために、米国からの政策的資金注入を期待してきたところであり、米国のイラク政策に対しても協調的であった。<br />
　昨年、北イラクのクルド自治区に拠点を置き、トルコのクルド人の分離独立を掲げてテロ・武装闘争を行ってきたＰＫＫ（クルディスタン労働者党）の攻撃が活発化した際、国内にはＰＫＫ掃討のためにイラク領内への越境攻撃を敢行すべしという世論が高まった。軍部も、ＰＫＫによるテロを撲滅するには、越境攻撃が必要であることを繰り返し主張した。結果的に、昨年10月17日に大国民議会は、越境攻撃の全権を政府に委任し、政府は40日あまりたった11月28日に軍に対して越境攻撃の指示を下した。12月1日、16日を中心とする空爆、そして2008年2月には地上部隊も進攻した。<br />
　しかし、この越境攻撃に対しても、エルドアン政権は慎重な姿勢をとり続けた。「まず国内のテロリストを掃討するのが先決だ」「ＰＫＫを敵とするも、北イラクのクルド自治政府を敵としない」とし、イラク中央政府との交渉を継続してきたことは、アメリカによるイラク統治と再建計画を容認していたことを示している。実際、米国のみならず諸外国からの資金調達によってバブル経済を支えているエルドアン政権にとっては、隣国イラクとの国境貿易も重要な取引であって、ＰＫＫ問題を理由にそれを途絶させるオプションは採らない方針を固めていた。<br />
　このようなエルドアン政権の対米協調路線に不満をもつイスラーム急進派は、当然存在する。いわゆるアル・カーイダ系の過激派は、すべてアメリカによるイラク戦争とその後の統治に一切の正当性を認めないのだから、イラク再建に協力的なエルドアン政権は、その意味で、イスラームの敵と断じられる可能性をもっている。<br />
　イスラーム急進派がテロに関わるとすれば、エルドアン政権による「穏健なイスラーム化」が、実は「対米協調」と表裏一体をなしていることに強く反発する、いわばエルドアンと公正発展党を「背教者」として断罪する勢力ということになる。実際、この種の組織は国際的なイスラーム過激派にはいくらでも存在するから、それらに連なるトルコ国内の個人もしくは地下組織が犯行におよぶ可能性は充分にあると言えよう。<br />
<strong>誰が実行犯として明るみに出たとしても</strong><br />
　このような状況下では、検察と政権が、どこか特定の組織に犯人のレッテルを貼ることは可能である。エルゲネコン疑惑にしても、逮捕・起訴された人物が、何をどこまで画策したのかが明示されなてこなかった。　25日に発表された「エルゲネコン疑惑」起訴状は全部で2500ページにおよぶのだが、疑惑の全容を暴いたとも見えるし、個々ばらばらの事案を強引に「エルゲネコン」の名の下に結びつけたようにも見える。<br />
　いずれにせよ、このような壮大な陰謀計画があったとなると、トルコ社会は、いよいよ党派性を表に出した政治活動の季節を迎えることになる。仮に、与党解散が決まれば、解散・総選挙ということになるのだが、そのときには、各政党が、トルコの将来像をどう描いているのかが提示される。そのときに、今回のテロやエルゲネコン疑惑を検証するなら、厄介なこの陰謀説に対するリアリスティックな分析視角を提示することも可能になろう。<br />
<strong>ＰＫＫの関与</strong><br />
　最後に指摘しておきたいのは、今回の事件とＰＫＫの関係である。これまでにも激しくトルコ軍・トルコ市民を攻撃のターゲットにしてきたＰＫＫは、当然、今回のテロでも疑われている。上記に示したのは、ＰＫＫではない場合の可能性であって、ＰＫＫの関与を否定するものではない。実際、夏になると観光収入に打撃を当てるために、地中海、エーゲ海地域の観光地でも散発的にテロを繰り返してきた。今回使用された爆薬が強力かつ比較的新しいタイプのものではないかという報道もあり、イラク駐留米軍から武器が横流しされたとされるＰＫＫの犯行をうかがわせる要因となっている。しかし、ＰＫＫが犯行グループなら、事件発生直後から、その線で政府側が発表するのが通例である。二日たっても、犯人像を明らかにしないところから、ＰＫＫ以外の組織による犯行という線を捨てきれない。ただし、政府は、そう予測されることを当然読みきって動いているはずであるから、あえて沈黙しているのかもしれない。<br />
　<br />
　</p>]]></description>
            <link>http://www.global-news.net/article/contents/2008/07/post-4.html</link>
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            <pubDate>Tue, 29 Jul 2008 01:16:45 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>トルコ、与党解散請求訴訟とエルゲネコン疑惑</title>
            <description><![CDATA[<p><strong>トルコ内政の混迷</strong><br />
　トルコは、過去6年間、2002-2007年、2007-と二期にわたって、公正・発展党（Adalet ve Kalkınma Partis:AKP）が政権を率いてきた。この間、年率8％前後の経済成長を達成し、ＩＭＦ等の強力な支持もあって、インフレ抑制に成功し、通貨も安定している。実際、インフレはなくなったわけではないが、1990年代に比べたら、トルコ国民の実感として隔世の感があるほどインフレとトルコ・リラ下落の悪循環はなくなったはずである。90年代には、実勢として年率100％近いインフレであったし、それにぴったり呼応するようにトルコ・リラの価値は下落していたのである。<br />
　順調に成長を遂げ、政治的にも安定したトルコを急速に不安定化させたのは、主として外的要因である。第一は、第一期エルドアン政権の下で緒に就いたEU加盟交渉を、EU加盟国側が理不尽なダブルスタンダードにより一部凍結させ、加盟への日程さえ示さないという不誠実な対応をとったことである。主要なEU加盟国であるドイツやフランスは、加盟交渉開始前後から、強硬なトルコ加盟反対論を唱える国内世論に押されて、トルコの加盟を正式加盟から「特権的同盟関係」という過去のEUには存在しない新たなステイタスに留めようと画策した。<br />
　このことは、トルコ国民のあいだに、EU加盟の熱意を失わせた。その反動として、論理的にありうるのは、①イスラーム化の傾向を強めること、②トルコ民族主義の方向に向かわせること、の二つであった。そして、2007年の第二期エルドアン政権では、①の方向性が徐々に明示されるようになった。<br />
　②のトルコ民族主義の興隆は、これも、外的要因によって強化された。2006年来、北イラクのクルド自治区に拠点を置くＰＫＫ（クルディスタン労働者党）が、トルコ領内に侵入して激しくテロ攻撃および軍に対する攻撃を繰り返した。ここでいう外的要因とは、単にPKKのテロ活動を意味しない。PKKは、メスート・バルザーニ率いる北イラクのクルド自治政府によって保護されており、クルド自治政府は、イラク戦争とその後の占領において、イラク国内主要勢力で唯一、最も親米的であった。すなわち、トルコ側からみると、テロ組織PKKの背後にはクルド自治政府を率いるバルザーニがいて、その背後には同盟国（トルコはNATO加盟国）である米国がいるという、憤懣やるかたない状況となったのである。<br />
　その結果、2007年には国内にトルコ国民による国家主義を強調する声が強まり、7月の総選挙でも、第三党に民族主義を強調する民族主義者行動党（MHP)が躍進し、議会決定を経て07年12月以来、北イラクＰＫＫ拠点に対する越境攻撃が断続的に行われている。</p>

<p><strong>イスラームの可視化を進めた政権とその反動</strong><br />
　レジェプ・タイイプ・エルドアン首相とアブドゥッラー・ギュル大統領が車の両輪をなしている現在の公正発展党政権の性格は、内外から二つの異なる評価にさらされている。その1つは、「穏健で民主的なイスラーム的ルーツをもつ政権」というもので、国内の支持者と、アメリカ、EU諸国のメディアや政治家による評価はこの方向を示している。第２は、「穏健を装っているがイスラーム主義的傾向を隠しており、いつかイスラームを前面に出した政権に変わって行く」というもので、これは、海外ではほとんど支持を得られない。もっぱら国内の伝統的世俗主義者、つまり建国の父ムスタファ・ケマル・アタテュルクが定めた国家原則の「世俗主義」に反する政治勢力とみなして現政権を批判するのである。<br />
　私は、この二つの見方とも、不十分な分析とみている。結論を急げば、このような二項対立的な見方で公正発展党政権をみてきたことが、あるいは彼ら自身にとっては「見られてきたことが」、今日の混迷を引き起こしたと考えている。<br />
　公正発展党政権が進めた政策のうち、少なくとも経済を急成長させたこと自体は、批判されるべきことではない。懸念されるのは、次の二点である。①幹部公務員のポストに、政治的信条を同じくする人々をポリティカル・アポインティーとして登用させ、明らかにイスラーム保守系の人物が、各機関の幹部職員に増殖している点、②女子大学生のスカーフ着用を解禁するため、関連する憲法の改正に踏み切ったこと。改正内容は、別段、世俗主義を脅かすものではなかったのだが、憲法裁判所は、背後にある「イスラーム主義的意図」に敏感に反応して、2008年6月にこの改正を「違憲」として一蹴した。<br />
　表面上、これまでになされたことだけなら、せいぜい上記の変化だったのだが、市民のあいだの世俗主義支持派は相当な危機感をもっていた。これは、アタテュルクの建国なくしてトルコなし、ゆえにアタテュルクの定めた国家理念・原則は徹頭徹尾堅持すべしという教条的な信条にもとづくものだが、過去80年代までは、軍が政治においてもっと高いプロフィールを有していたため、軍の威を借りることによって「アタテュルク主義者」の市民は、イスラームが社会や公的領域において可視化されることに公然と異を唱えたものであった。だが、いまのトルコでそれをしても、過半数の人たちは聞かない。飽きちゃったのである。所詮、アタテュルクの申し子的市民や「市民社会組織」は、自称左派、自称社会民主主義、自称啓蒙された先進的知識人だが、今のトルコに必要なのは、経済の安定成長を実現できる手腕と知能をもつテクノクラート、実業家、政治家であって、85年前の国家的教条をふりかざす人たちが、国家の将来のために貢献する余地は限られている。<br />
　とくに、世俗主義派が、女子学生のスカーフ着用という個人の身体性に関わるセンシティブな論点を執拗に焦点とし、着用している同じトルコ国民に対する侮蔑的態度をとり続けたことは、イスラーム主義にシンパシーをいだく庶民から知識人までも遠ざけてしまった。その結果、47％もの高得票率で公正発展党は第二期政権の単独与党となりえたのである。<br />
　反動は頗る感情的なもので、2007年にはトルコ国旗を打ち振って、イスラーム政党のギュルが大統領に就くことにプロテストする市民運動に発展した。だが、そのときにも、これがトルコすなわち人口のほとんどをスンニー派ムスリムが占める社会において、世俗主義がなぜ必要なのか、その現代的意義を積極的に提示できるものではなかった。<br />
　ＰＫＫ問題やEUの理不尽な対応に対する「トルコ国民の不満の爆発」としては理解できるが、将来の共和国の展望につながるようなパースペクティブを示すことはなかったのである。<br />
　しかし、イスラーム派および公正発展党は、選挙でも大勝し、10月には憲法をより民主的・リベラルなものにするという大統領選関係の憲法改正パッケージを国民投票にかけ、70％という圧倒的支持を得た。<br />
　これを受けて、とりあえず、最も単純な事案である女子大学生のスカーフ解禁を「民主的プロセス」によって実現しようとたのである。<br />
　これに対して、共和国検察庁は、憲法第二条の世俗主義条項（これは第4条で改正不可条項となっている）に違反したとして訴追に踏み切ったのである。　</p>

<p><strong>与党解散訴訟</strong><br />
　トルコ国民の多くは、アラブ人と同様、陰謀譚に引きずられやすい。理性的でないというのではない。相当合理的な思考力をもっている人でも、ある一線を越えると、陰謀説の渦のなかに巻き込まれがちである。<br />
　今、トルコの政局を大混乱に落としいれている一つは、前回の選挙で47％という圧倒的な支持を得た公正発展党を解散させ、ギュル大統領、エルドアン首相をふくむ71人の有力政治家を５年間にわたｔって政治活動禁止にするという訴訟が、共和国検察庁（署名は検事総長）によって起こされ、憲法裁判所はこれを受理して審理が開始された。<br />
　外からみていると、民主的な国にはそぐわない事態である。欧米各紙・誌が一斉に、「トルコの民主主義が試練に立たされている」「政治問題は議会で論じるべきもので、法廷ではないはずだ」など、公正発展党側を「民主主義の象徴」、起訴している検察は「司法の横暴」「伝統的ケマリズム《アタテュルク主義》の最後の抵抗」と評価されている。<br />
　しかし、起訴を支持している「世俗主義者」は、この訴訟が、トルコにおけるイスラーム政党の台頭を抑止できるか否か、最後の審判になると注視している。一般に、トルコで世俗主義原則の強力な擁護者は国軍だとされているが、少し注意を要する。国軍は、軍であって、逐一、政治に干渉することなどできない。政軍関係は、ずいぶん成熟しており、1980年代までのように、内政の混乱に応じて軍がただちにクーデタを起こすような状況ではない。<br />
　軍は、軍としての任務を憲法の定めによって果たすのであり、先般の北イラクでのＰＫＫ攻撃に際しても、議会の攻撃承認⇒政府への全権委譲⇒政府から軍への攻撃指示という手続きを踏んでから攻撃にでた。<br />
　司法（検察）も憲法裁判所も同じことで、各々の権能の範囲において与党およびその政治家が「憲法に違反する、すなわち国民に対する背信行為を組織的に行った」として解散請求訴訟を提起した。だが、国民の一部に高まる「公正発展党＝イスラーム政党＝アタテュルク主義の冒涜⇒トルコをイランのようにするに違いない」という先読みしすぎた陰謀説のために、検察が動いたわけではない。ただ、このところ、ＰＫＫ問題を除くと、軍幹部が沈黙を守っているのに対して、検察・憲法裁ともに、ちょっと喋りすぎている。告発している検事局には、骨の髄までアタテュルクの理念を堅持しようという国家主義者がいるかもしれないが、起訴も審理も、個人の信条に左右されることなく法理を尽くして判断すべきことがらであるから、その点で、若干まだ「検察」や「憲法裁」には、「共和国の主役」気分が抜けていない。二度の総選挙を安定多数で乗り切った以上、好むと好まざるとに関わらず、すでに国家の主役は国民であることを自覚せねばならない。<br />
<strong>政府の逆襲か、国家転覆の陰謀か</strong><br />
　エルゲネコン疑惑については次項で分析するが、政府側も、かくも民主的に選ばれた政府が、検察庁から「世俗主義の憲法原則違反」として解散請求訴訟を提起されるとは意外だっただろう。起訴している側は、憲法原則の堅持を図る意図だから、外国が「司法の横暴」と批判しようとも、トルコ憲法の改正不可条項がある以上、これに反したなら、訴追せざるをえない。」<br />
　次の段階として、当然、政府与党は逆襲にでる。ここからはポリティカルな行動である。当初、2007年にイスタンブルのアジトで大量の爆発物などが押収されたことに端を発した、いわゆる「エルゲネコン」というコードネームの陰謀は、7月25日にイスタンブル地方検察庁から膨大な起訴状（2500ページ）が公開されるにおよんで、政府与党の転覆のみならず、アルメニア大主教、ギリシャ正教の大主教、ノーベル文学賞のオルハン・パムク、政府のエルドアン首相、軍最高幹部のブユクアヌト参謀総長、クルド系政党ＤＴＰの党首やデユアルバクル市長（東南部の主要都市でクルド人口が集中）まで暗殺のターゲットとなっており、国内を混乱に陥れることで軍のクーデタを誘発する陰謀であったと発表された。<br />
　こうなると、単にイスラーム主義政党の公正発展党を嫌って転覆を図ろうとしたのみならず、軍の参謀総長や、マイノリティの代表をも暗殺ターゲットに入れていたところから、トルコ社会全体を混乱に落としいれようとしたことになる。さて、この「エルゲネコン」とは何であったのか、次回で分析を試みたい。</p>

<p><br />
</p>]]></description>
            <link>http://www.global-news.net/article/contents/2008/07/post-2.html</link>
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            <pubDate>Mon, 28 Jul 2008 01:23:52 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>ジョジョの奇妙な冒険、イスラム冒涜問題について</title>
            <description><![CDATA[<p><strong>事件のアウトライン　</strong><br />
　　『ジョジョの奇妙な冒険』（原作　荒木飛呂彦、集英社）のアニメ版に、イスラムの聖典コーランを使用したことがアラブ圏で問題になったことが、5月21日付夕刊各紙、及び一部22日朝刊で一斉に報道された。第一報は、共同通信カイロ支局の記者による記事で、日本語版と英語版とがある。英語版があったことで、本件は、瞬時に世界中のメディアに転載された。<br />
　集英社とアニメ製作会社は、公式サイト上に直ちに謝罪の声明を日本語、英語（21日）、アラビア語（22日）に掲載した。報道では、集英社側が迅速に謝罪し、当該アニメ版と原作のコミックスについて出荷を停止した。</p>

<p><strong>ムハンマド風刺画事件</strong><br />
　　マンガやアニメによるイスラム冒涜問題といえば、私たちがすぐに思い出すのは、2005－06年に起きた「預言者ムハンマド風刺画事件」である。この事件は、2005年の9月30日にデンマークのユランズ・ポステン紙が、イスラムの創始者である預言者ムハンマドを戯画化した12枚の作品を紙上で掲載し、イスラム圏各国のコペンハーゲン駐在大使から抗議を受けたものの、政府としては民間の報道機関に対して、規制を行う立場にないことを表明した。ユランズ･ポステンは、在デンマークのムスリムからの抗議を受けて謝罪した。しかし、表現の自由を主張するヨーロッパ各国のジャーナリズムは、この風刺画を次々に転載しはじめ、事は、世界に拡大した。<br />
これに対し、イスラム諸国会議機構（OIC)などが、反対の意見を述べ、加盟60カ国あまりにこの事件が広まった。シリア、レバノン、イランなどでは、激しい抗議行動が発生し、デンマーク大使館が襲撃されたり、デンマーク製品のボイコット運動にも発展した。</p>

<p><strong>「神の法vs.人の法」</strong><br />
　　ここで論じるのは、「表現の自由」か「信仰への侮辱」かという問題ではない。要点を指摘しておくなら、この種の問題でムスリムと非ムスリム（欧米）が衝突した場合、解決の糸口は絶対に見出せないという点である。非ムスリムは「人の法」としての憲法が定める「表現の自由」を至高の価値として、宗教的象徴であれ聖典であれ、批判や諧謔の対象にできると考えるし、他方、ムスリム側からみれば、「神の下した聖法」にもとづいて「ありえないこと」と反駁するから、両者には決して接点を見出すことはできないのである。</p>

<p><strong>今回の問題への対処</strong><br />
　　今回、集英社の対応は迅速かつ多角的だった。22日付読売新聞が報じたように、集英社側が「5月上旬から報道機関の指摘により調査していた」のであれば、事態を座視せず対応を取ったことになる。21日に共同からの記事配信が始まった日に、出版元の集英社が日本語と英語での声明をウエブサイトに発表し、翌日にはアラビア語でも同じ内容の謝罪ステートメントを掲載している。<br />
　　集英社は、ムハンマド風刺画問題でのデンマークやフランスなどの新聞社とは全くことなる対応を取った。これは世界的にみて異例の対応である。ヨーロッパ各国（風刺画を掲載しなかった英国を除く）では、「すわ表現の自由をムスリムが侵した」と色めき立ち、イスラムの圧力など何するものぞというトーンで風刺画の掲載と論評が続いた。集英社は、率直に、アニメのなかに聖典コーランを使用したことを不適切と謝罪し、他にも独自の調査に基づき、モスクでの戦闘シーンなど不適切な場面があったことを、イスラムとムスリムへの理解を欠く行為であったとして陳謝している。<br />
　　集英社には、ユランズ･ポステン紙をはじめヨーロッパ・メディアに見られたような、「表現の自由」を盾に取った居丈高な物言いはまったくない。ここは注目すべき点である。<br />
　　ニュースが報道されるやいなや、ネット上には膨大な数の書き込みが開始されたが、２ｃｈのような場では、当初、ムスリムへの誹謗中傷、集英社の弱腰を非難するものが多かった。これは、危機管理の面からみると注視しなければならない事態である。数万は存在する在日ムスリムが、この種の書き込みを読めば、感情的な反発をまねくからである。<br />
 　 しかし、その後のネット上での動向をみていると、『ジョジョの奇妙な冒険』の熱心なファンが、報道について冷静な分析を行い、はたして「中東で批判集中」というような事案が現実にあったのかどうか疑問を呈するものも散見された。２ch上でも、記事だけを頼りに、ムスリムを批判したことを謝罪する内容の書き込みがあったことは、新聞等の報道後、読者が冷静な判断を示したもので、この点も欧米での風刺画事件のときとは、様相を異にしている。<br />
　　実際、共同通信およびAFPによって記事が世界に配信されるまで、中東で具体的な抗議行動が起こされた形跡はなかった。抗議する内容は、記事にあったとおり、アラビア語のウエブサイト上には存在した。キーワード検索した限りでは、相当数がヒットしたものの、かなりが同じ文面であるところから、同一投稿者もしくはそれがコピーされて順次転載されたものではないかと考えられる。<br />
　　投稿の内容は、「悪人がコーランを読んでいる」「コーランを読む者は悪人だというのか」「日本のアニメはムスリム（イスラーム教徒）を悪人、テロリスト扱いしている」「幼い同胞（ムスリムの子どもたち）に害悪を与える」等の内容である。しかし、この書き込み自体には論理性がない。悪役がコーランを読んでいたとしても、コーランを読む人間が悪人だという論理はそもそも成り立たない。投稿者はアラビア語のブログサイトに投稿していたが、一部に感情的な反発はあったものの、アラビア語サイトにおいても、投稿者の論理には無理があるという指摘もあり、いわゆる「炎上」状態にはなかった。<br />
　　しかしながら、当該アニメ作品において悪役にとっては敵役にあたるヒーロー、ジョジョたちを「始末しろ」と手下に命じるシーンでコーランを使ったことは不適切であった。アニメ版では、ほんの一瞬、悪役DIOが読んでいた書物が落下するシーンがあり、その部分を静止させると1秒もないのだが、アラビア語の書物であることがわかり、それを解析したところ、聖典コーランの「雷鳴の章」であることが判明した。この部分をコーランと特定した最初の投稿者は、ネット上で流れていた映像ではなく、DVD版を精密に調べたものと思われる。YouTubeなどにあった映像では、解像度が低いため、コーランであるかどうかの特定は困難であった。<br />
　　コーランはコピーであっても、本物であれば、ムスリムにとって、聖典である。したがって、聖典が表示される場面の適切性は、ムスリムにとってきわめて重大な意味をもつ。コーランは、神の言葉を記したものであり、ムスリムにとって、命に勝るかけがえのない存在である。家においても、コーランの置き場所には細心の注意を払い、手に取るときにも決して粗略に扱わない。非ムスリムは、コーランをメディア等で扱う場合には、ムスリムにとって聖典のもつ意味を十分に理解しておく必要がある。<br />
　　アラビア語圏での投稿者は、DIOが書物を読んでいるシーンおよび、コマを静止させコーランであることがわかるシーンの2枚の静止画を各サイトに掲載していたが、この点には疑問が残る。投稿した人物がムスリムであるならば、このようなシーンに嫌悪感を感じたはずで、それを次々に転載したり、多重投稿する意図が判然としない。実際、Islam　Onlineのようなイスラーム組織系列のウエブサイトでは、このような写真そのものが不適切であるとして掲載していない。Islam Onlineはコミックス版の表紙を掲載している。写真を掲載していたアラビア語サイトは、比較的、政治色のないアニメ関連のサイト、および、日常生活をイスラームにしたがっていかに正しく生きていこうとするかを個人的に論じているブログが多かった。したがって、原作品、原作者、出版社などへの攻撃はそれほど激しいものではなかった。</p>

<p>危機管理の観点から<br />
　共同通信の英語による配信記事がJapan　Timesをはじめ、世界各国のメディアに流れ、そこからネット上に拡散していく過程で、思わぬ方向に拡大解釈される可能性がある。日本語の記事にもあったエジプトのアズハルのイスラム法学者による見解が、日本に対して敵対的なものであること、さらに英語版の記事では別のイスラム法学者が、日本製品の不買運動を示唆したとの報道などが、世界のムスリムのあいだに広まった場合の影響は無視できない。<br />
　　ただ、ここで重要なことは、イスラム、特にスンナ派においては、宗教上の最高権威なるものは原理的に存在しない以上、アズハルの法学者がある見解を示したとしても、それが直ちにイスラム教徒の共通の見解にはならない点である。これは、配信記事における問題点の一つだが、ネット上の批判的書き込みは多数存在したものの、実際、抗議行動、デモ、暴動等が記事が出る以前に発生していた形跡がないため、もし、今後、何らかの抗議行動が起きるとすれば、事実関係からみて、共同通信配信の記事が直接の原因となりうる。<br />
　　私はジャーナリストの立場ではなく、異文化間の衝突を抑止する立場にある。その立場から見ると、共同通信がアズハルに取材して示された批判的見解だけが報じられたことには懸念を抱く。もし、原作者および集英社側がイスラムに対してなんらの敵意がなく、過ちでかかる事態に至ったとの事情を説明してアズハルの法学者から意見を聴いた場合、異なる見解が示された可能性がある。<br />
　　イスラムにおいて、嘘は最大の罪とされる。嘘をつかずに誠実に対応する場合、多くのムスリムはこのような事案に対して寛容な対応をとる。<br />
　　しかし、デンマークの風刺画事件のように、当事者のユランズ・ポステン紙のみならず、各国メディアが次々に表現の自由をかかげて挑発した場合には、もはや急進派の過激な行動を抑止できなくなる。本件の場合、少なくとも、集英社のステートメントを読む限り、挑発の意思がないことは明白であるから、そのことが事前にアズハルに伝わっていたら、日本を敵視するかのような見解が示されたかどうか疑問が残るのである。<br />
　　また、記事が世界に拡散していく過程で、誤った方向に解釈するものが出ていたことは、もうひとつの問題である。「悪役がコーランの指示に従って敵を殺せ」と命じているという報道およびブログサイトへの書き込みは世界中に出回った。だが、原作にもアニメ版にも、そのような表現はなかった。これは、情報が拡散するにつれて、誤った内容、特に敵対的な内容に変化したことを示している。デンマークのユランズ・ポステンの場合もそうであったが、原作者や著作権者の許諾を受けずに、世界中に絵や話だけが拡散した場合、その過程で悪意が増幅される危険がある。<br />
　　もちろん、イスラームを含め、異文化への理解を深めておくことは、衝突を回避するための基本である。しかし、誤認や無理解によって、挑発の意図なしに問題が発生することもありうる。その場合、率直に過失を認めて謝罪することは、表現の自由の敗北ではない。</p>

<p><br />
　<br />
</p>]]></description>
            <link>http://www.global-news.net/article/contents/2008/07/post-3.html</link>
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            <pubDate>Mon, 14 Jul 2008 03:51:38 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>パキスタン、ブット元首相暗殺が示す『不安定な回廊』の形成</title>
            <description><![CDATA[<p> 昨年末、パキスタンのブット元首相が暗殺された。誰が実行犯なのか、当分、真相は解明されないだろう。アル・カーイダのようなイスラーム過激派の名前もあがっているが、同時に、ムシャッラフ大統領にも非難の矛先が向かっている。</p>

<p>パキスタンの、この状況は、予想できることであった。軍は、ムシャッラフ政権を支える基盤だが、軍統合情報部（ISI）は、ムシャッラフ政権にとって両刃の剣となっている。一方で、統合情報部の幹部は軍の幹部であるから、ムシャッラフ政権の主要支持基盤の一部に食い込んでいる。他方で、統合情報部がターリバーンの育成に関与したことも知られており、いわば、政権に脅威を与える子どもを育てた。</p>

<p>冷戦の終焉期に、アフガニスタンに侵攻したソ連に対抗するために、イスラーム主義を掲げる武装抵抗勢力を米国の支援のもとで育成し、結果的にターリバーンという制御不能なイスラーム主義集団をつくりだしてしまった。これがパキスタンの不幸である。ターリバーンであろうが、他の組織であろうが、ムスリムとして「正しい道に邁進する＝ジハード」に覚醒したムスリムたちは、イスラーム的に不公正な政権に敵対する。不満が議会制民主主義をつうじて解消されれば、大きな問題にはならない。しかし、多くの国では、独裁か、権力が一部に集中しているから、不公正への抵抗は暴力的なかたちをとって現れる。したがって、ブット元首相の暗殺を仕組んだのがアル・カーイダであるか否かは重要な問題ではない。</p>

<p>米国にせよ、ムシャッラフ政権にせよ、不都合な事態が起きると、アル・カーイダの名前を挙げるが、いまだに組織の実態も解明されないこの組織の名前を一人歩きさせ、ビッグネームに仕立てたのは、他ならぬ米国であり、米国の傘のもとにある各国の指導者たちである。</p>

<p>ブット元首相の帰国には、米国の矛盾した対応がある。矛盾ではあるが、米国としては、ほかに方法がなかったのだろう。ムシャッラフ政権が独裁色を強めることに対し、米国や英国は、パキスタンの民主化をうながすために、政敵であるベナジル・ブットを送り込んだ。当初1月8日に予定されていた総選挙に、ムシャッラフ派に対抗させるかたちで名望家ブット一族率いるパキスタン人民党(PPP)を参加させ、「民主化」への一歩を踏み出したことを印象づけ、実際には、ムシャッラフ＋ブットの協調によって、イスラーム過激派の台頭を抑止しようというのだろう。パキスタン・イスラーム教徒連盟(PML-N)を率いるナワズ・シャリフ元首相が帰国したのも、複数政党制による一種の「リベラル・デモクラシー」が、かたちだけでも成り立つことを期待してのものと言えよう。ブッシュ政権のもとでの一連の「中東民主化」の大義名分と同じことだが、この政策は絶対に成功しない。そればかりか、パキスタンからトルコにいたる地域の安定を著しく損ない「不安定の回廊」を創出する危険がある。</p>

<p>外圧による「民主化」は失敗する。すでに、米国はアフガニスタンで同様の失敗をおかしている。英語を流暢にあやつるカルザイを大統領に据え、外見だけは、各地域を支配する部族長による封建的体制を変えてみせたが、国内の統合と民主化が成功したとはとても言えない。結局、南部地域でのターリバーンの台頭を抑制できなかったばかりか、部族長支配の構造も変わっていない。</p>

<p>地図を眺めてみよう。パキスタンから西をたどると隣国はアフガニスタン。アフガニスタンの西にはイラン、そしてその西にはイラク、さらにその西には、ヨルダン、パレスチナ、イスラエル、そして北西にトルコがある。いま、世界でもっとも不安定な回廊がそこには存在する。</p>

<p>パキスタンの隣国イランは、アフマディネジャド政権のもとで核開発をはじめ、米国への敵意をあらわにすることで、国内の不満を外へそらそうとしてきた。イラン国内でアフマディネジャド大統領の統治が成功しているとは思えないが、米国が敵視を強めれば強めるほど、イラクのフセイン政権とおなじことで、イラン国民はアフマディネジャドのポピュリズムに傾斜する。</p>

<p>イラクでは、中南部のスンニー派とシーア派アラブの対立が融和に向かうとは、当分の間、考えにくい。占領後の利権の配分について、両派が折り合わない限り、イラク北部を拠点とするクルド自治政府が、抜け駆けするかたちで独立色を強めることになる。ここで焦点となるのは、現状ではクルド自治区に編入されていないキルクーク地域の帰属問題である。キルクークは、イラク北部における主要な油田地帯であり、油床は、キルクーク周辺の地下に北西部から南東部にむけて分布している。</p>

<p>現在のイラク憲法では、2007年12月末までに、キルクークの帰属を決める住民投票を実施することになっていたが、12月、急遽キルクークを訪問したライス米国務長官は延期を求めた。実施を急ぐクルド自治政府に反して、キルクークでの少数派であるアラブ系住民とトルクメン人は、住民投票に反対している。</p>

<p>キルクークを取れなければ、クルド自治区は独立しても経済的にやっていけない。他方、スンニー派にとっても、キルクークを失うことは経済基盤の喪失を意味する。イラクの主要な地下資源は、北部のキルクーク、南部シーア派のルマイラに集中しているため、スンニー派は資源を失い、権益を失う。この状況をスンニー派が容認するはずはないから、キルクークの住民投票が実施に近づけば、彼らの攻撃はクルド自治区に向けられる。新たな内戦の危機である。</p>

<p>キルクーク帰属問題という時限爆弾を抱えるイラク北部に対して、昨年12月からトルコが越境攻撃を継続している。トルコ政府とトルコ軍は、クルド自治政府に敵対しているのではない。自治政府内に拠点を構えるＰＫＫ（クルド労働者党）を攻撃しているのである。ＰＫＫは、2006年以来、トルコ側に越境してテロと武装闘争を繰り返した。 2007年一年間で、トルコ側（クルド人住民を含む）の犠牲者は100人を超えた。とくに、9月～10月にかけて、トルコ領内を警戒中のトルコ軍に対してＰＫＫが戦闘をしかけ、戦死者が急増したことでトルコ世論は沸騰し、にわかに越境攻撃を求める世論が高まった。</p>

<p>10月にトルコ大国民議会は政府に越境攻撃容認の全権を与え、12月1日、政府はトルコ国軍に越境攻撃の指示を出した。1日、16日、22日、25日、26日と相次いで、トルコ軍は空爆と地上からの砲撃によって、ＰＫＫの拠点地域を攻撃した。　クルド自治政府を率いるバルザーニ議長は激しく反発したが、ＰＫＫに関しては、トルコのみならずイラク中央政府、米国、EUもテロ組織と認定している以上、バルザーニ議長の反発は、国際的な支持を得られない。</p>

<p>ＰＫＫはトルコ側のクルド人地域を「北クルディスタン」と称し、イラク側の「南クルディスタン」との併合を唱えている。国土・国民の絶対不可分を憲法原則とするトルコ側は、その活動を断固として阻止する姿勢を崩さない。米国は、イラク占領当地で唯一協力的だったクルド自治政府を失うことはできないが、ＮＡＴＯの同盟国であるトルコを失うことも出来ない。板ばさみのなかでの最後の選択は、ＰＫＫをテロとの戦いにおける共通の敵と位置づけ、ＰＫＫ掃討に関してのみトルコの越境攻撃にゴーサインをだすことだった。</p>

<p>作戦が実行されているトルコ・イラク国境地帯は3000メートル級の山岳地帯で、3月以降、雪解けの季節を迎えるまで、装備が不十分なＰＫＫ側の活動が活発化することは考えにくい。それまでのあいだに、トルコ軍はＰＫＫ側の兵站を徹底的に破壊する。しかし、春を迎えて、ＰＫＫの攻撃が再燃するならば、トルコ軍は大規模な地上軍の展開を視野に入れて越境攻撃を行うことになる。</p>

<p>穏健なイスラーム国家の危険</p>

<p>ここで注目すべきは、米国のトルコエルドアン政権への対応である。エルドアン政権自体は、国内東南部に集中するクルド人との敵対関係を回避したい。2007 年7月の総選挙でクルド人地域でも大量に得票し、クルド人の権利拡大をめざすＤＴＰ（民主社会党）をおさえることに成功した。クルド人側にも、クルド民族主義を強調することで、国内に軋轢を生み、90年代のような激しいトルコ軍との衝突を回避したいという思いがある。そこで、「トルコ人、クルド人という民像の相違による対立を避け、みなムスリムの兄弟として共存の道を図ろう」というイスラーム政党としての与党公正発展党の主張を浸透させることに成功したのである。</p>

<p>公正発展党は、総選挙当時、イスラーム保守派の議員を候補者からはずし、中道色を強調し、国民政党への脱皮を図ったかのようにみせた。だが、その目標はイスラーム主義政党であり、トルコ共和国が憲法で国是とする世俗主義（国家と宗教の絶対分離）および国土と国民の絶対不可分という二つの原則を緩めることにある。もちろん、強権的にこれらの改革をおこなうことなど考えていない。民意の反映として、民主化の成果として、これらの「改革」を実現しようとしている。</p>

<p>米国ブッシュ政権は、総選挙後のトルコが「穏健なイスラーム国家」に変貌しようとしていることを支持している。あるいは支持せざるをえない。トルコ国軍が、イラク越境攻撃を早い段階から強く主張していたのに対し、エルドアン政権は慎重な姿勢をとり続けた。10 月17日に国会が越境攻撃を承認してからもＰＫＫ側の攻撃は激しさを増したが、エルドアン首相は、あるときは「軍の欲するようにする」と発言し、またあるときは「越境攻撃よりも前にやるべきことがある」と発言して、国内メディアと世論を撹乱した。しかし、この発言のぶれは、国民のあいだに、越境攻撃の是非ある程度冷静に考える猶予を与えたともいえる。マスコミは、越境攻撃によって何を得るか、何を失うかを報道した。</p>

<p>とくに、トルコが現在、世界的に例のない高金利政策をとり、株式市場には7割ちかい外資が入り、トルコへの投資額も2002年（第一次公正発展党政権発足）以来10倍に増え、 200億ドルに達している。エルドアン首相の発言のぶれ、特に、「他にやるべきことがある」旨の発言は、「このバブル景気が、越境攻撃によってしぼんでもいいのか」という警告の意味をもっていた。国民は、国防の担い手としての国軍に対して絶大な信頼を寄せている反面、経済政策については目先の好景気を失いたくない。クルド系の国民は、攻撃が大規模化することで、結果的にトルコ人対クルド人という対立が深まることを望んでいないし、エルドアン政権も、クルド人の支持を失いたくない。</p>

<p>11月5日エルドアン首相が訪米してブッシュ大統領との首脳会談の際に、何が交渉されたのか。焦点はそこにある。ブッシュ大統領は、ＰＫＫを「米・トルコ共に、ＰＫＫをテロとの戦いの共通の敵」とすることを再度明言した。ＰＫＫ掃討にあたって、米軍とトルコ軍とのあいだで「情報の共有」がなされることも示された。では、トルコには何を求めたのか？もちろん、クルド自治政府と敵対せず、ＰＫＫ掃討に限定することを求めたのは確実である。</p>

<p>だが、それだけなら首脳会談が必要だっただろうか。トルコ側では、さまざまな憶測が流れた。その一つは、米国側が、トルコに、クルド自治区が実質的に独立していくことへの黙認を求めたというものである。トルコは、イラク開戦にあたって、統一イラクの崩壊を強く懸念し、現状の国境線の変更だけは絶対に容認しない姿勢をとった。イラン、シリアなどイラクの隣国も同じ姿勢である。</p>

<p>ただ、イランとシリアは米国の同盟国ではない。イラクの国境線変更を断固として認めないという「同盟国」はトルコ一国であった。同盟国トルコの黙認をとりつけることは、イラク撤退のシナリオを描くブッシュ政権にとっては必要なステップである。ＰＫＫ掃討のためにイラク領内へ越境するという想定外の事態に、米国としては、クルド自治政府の不安定化だけは避けなければならない。</p>

<p>もはや、イラク再建に残された唯一の「誇るべき成果」は、これまで国を持たなかったクルドの独立以外にないのである。したがってクルド自治政府を不安定化させる引き金をトルコが引くことだけは阻止したいのがブッシュ政権の本音であろう。　それに対して、ブッシュ政権はエルドアン政権に何を与えたのか？越境攻撃容認だけだったのだろうか？この点についてトルコ国内の世俗主義擁護派には疑念が生じている。エルドアン政権にとって、米国からの資金注入は、国内のバブル景気と高金利政策を維持するうえで不可欠である。資金注入はエルドアン政権を安定させる。安定させれば、エルドアン政権は、イスラーム圏唯一の「世俗主義」国家を、「穏健なイスラーム国家」に変貌させるという彼らの夢を実現することも可能である。</p>

<p>パキスタンでも、アフガニスタンでも、周到な準備もない外圧による民主化で失敗してきた米国が、トルコを「穏健なイスラーム国家」にしてかつ「民主的な国家」のモデルケースとして支援することは充分にありうる。実際、米国主導で、外国からホット・マネーが流入しつづけるかぎり、一定期間バブルの崩壊を先延ばしにできるかもしれない。それは一年か、二年か、いまのところわからない。だが、年利17％に達する預金金利、中流以上の国民がきそって年率60％にも達するカード・ローンを組んでいる現状で、どうやって債務を返済できるのか？そのためには、トルコ中銀に充分な外貨準備が必要である。政府は、国営企業、政府系企業を次々に民営化し、外資に売却しているが、いつかその資産も尽きていく。その先何が訪れるのか？現在、エルドアン政権は見通しを示していない。</p>

<p>米国の支援で、トルコが穏健なイスラーム国家路線に転じた場合、軍部との緊張は高まる。しかし、米国をはじめとする外資が、いつまでトルコ市場に金をつぎこむことができるのか。高金利政策の破綻が明らかになる前に、外資は手を引くだろうし、そうなればバブルは崩壊する。エルドアン政権が高金利政策をつづけているのは、米国の後ろ盾あってのことである。だが、米国は気づくべきである。イスラームには、穏健も過激もないことを。イスラームには、穏健と過激とのあいだに一線を引くことはできないのである。</p>

<p>エルドアン政権は、すでに官僚機構のトップに、イスラーム色の強い人物を据えている。裁判官や検事の任用試験に筆記試験から口頭試問を取り入れることで、「人物像をみる」方向に転換しようとしているが、これは司法の独立を侵す危険があるとして、弁護士連合会などが強く反対している。世俗主義の擁護を掲げる野党は、完全に手詰まりの状態で、与党の先を行く政策を打ち出すことができない。残るは軍部だけである。</p>

<p>米国がリセッションに入り、トルコへの資金流入が鈍化して経済危機に陥ると、トルコ国内では、現政権よりも、さらに過激なイスラーム主義勢力が台頭する可能性を否定できない。その場合、拠点は、皮肉なことにクルド人の多い東南部地域と、大都市部の貧困層になる。社会的不公正をイスラーム主義によって正そうという運動に惹きつけられるのは、彼らである。そのとき、軍部は最後の手段によって、共和国の原則「世俗主義」と「国土と国民の絶対不可分」を守ることになるかもしれない。<br />
</p>]]></description>
            <link>http://www.global-news.net/article/contents/2008/01/post-1.html</link>
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            <pubDate>Mon, 07 Jan 2008 21:45:48 +0900</pubDate>
        </item>
        
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            <title>トルコ越境攻撃の意味するもの</title>
            <description><![CDATA[<p>2月1日、トルコは北イラクに拠点をおく武装組織PKK（クルド労働者党）に対する越境攻撃に踏み切った。16日には大規模な空爆により、イラク領内にある複数のＰＫＫの拠点を攻撃した。</p>

<p>PKKは、トルコに住むクルド人の分離独立を掲げる共産主義ゲリラで、90年代にトルコ軍と激しく衝突し多くの犠牲者を出したが、その後活動は沈静化していた。ところが、イラク戦争後、米国に協力してきたクルド自治政府を通じて、資金や武器がPKKの手に渡ったことで活動が再燃し、昨年来トルコに越境してテロ攻撃を繰り返してきた。この一年で犠牲者は百人を超えている。</p>

<p>トルコ軍は、夏前からイラクとの国境に部隊を展開し、トルコ領内での掃討作戦を続けたが、拠点がイラク領内にあるため、問題の解決にはイラクへの越境攻撃が必要とされてきた。10月半ば、国会は越境攻撃を承認し、決定権を政府に委ねた。そして先月28日、政府は軍に攻撃指示を出した。</p>

<p>この間のトルコ政府の対応は慎重なものだった。相次ぐテロや兵士の死に、トルコ国内世論は沸騰し越境攻撃への待望論が強まった。しかし、政府も軍も、越境することによって何を得て、何を失うかを冷静に検討した。トルコ軍参謀総長は、越境した先で戦う相手がPKKだけなのか、それともクルド自治政府の治安部隊なのか、米軍なのかと問うた。この問題を政治的にクリアしなければ国軍を越境させることはできないとしたのである。政府もまた、越境攻撃がもたらす原油価格の高騰など経済への悪影響や、同盟国である米国との関係、加盟交渉を続けるEU（欧州連合）との関係を悪化させることなく、ピンポイントでテロ組織のPKKだけを壊滅させるための努力を続けた。</p>

<p>11月2、3日イスタンブールで開かれたイラク復興支援国会合でライス米国務長官と協議したうえで、エルドアン首相は軍の最高幹部をともなって5日に訪米し、ブッシュ大統領との会談に臨んだ。トルコは、あくまで単独行動を避け、イラク政府はもとより、米国との協調姿勢を崩さなかった。</p>

<p>北イラクのクルド自治政府は、最後までPKKの取り締まりに協力しなかったが、国際的な包囲網の形成には抵抗できなかった。12月1日に発表されたトルコ軍参謀本部の声明では、北イラクのクルド系住民を敵としないが、越境攻撃に際して反撃する集団には応戦することが明記されている。クルド自治政府を率いるバルザーニ議長が、このうえさらにテロ組織を擁護するならば、国内で唯一治安が良好とされたクルド自治区を自ら不安定化させることになる。それは、イラク再建と米軍撤退のシナリオを壊しかねない。</p>

<p>12月16日の大規模空爆後、クルド自治政府のバルザーニ議長、イラク中央政府のタラバーニ大統領ともにトルコを厳しく非難した。しかし24日、エルドアン首相はブッシュ大統領と電話会談をおこない、ＰＫＫが「両国共通の敵」であることを確認し、攻撃が米国の支援によるものであるとトルコ側は強調している。トルコ軍は、越境攻撃後に発表した声明で、攻撃が「情報の共有」によってなされ、「米軍側がイラク領空の制空域を開放した」ことによって実現したことを明らかにした。<br />
テロとの戦いには、軍事力の行使だけでなく、テロ組織への参加者をなくすための政治的、経済的、社会的対策が欠かせない。PKKの戦略は、トルコ軍を襲撃することによってイラク側に越境攻撃するよう仕向け、テロとの戦いを、トルコ対クルドという民族間の対立にすりかえることにあった。テロ組織の挑発に乗らず、可能な限りの外交努力とともに、自衛権の行使に必要な法的根拠を一歩ずつ踏み固めて越境攻撃を行ったトルコの姿勢は、中東の安全保障において必要なプロセスとは何であるのかを示した。</p>]]></description>
            <link>http://www.global-news.net/article/contents/2007/12/post.html</link>
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            <pubDate>Wed, 26 Dec 2007 20:18:21 +0900</pubDate>
        </item>
        
    </channel>
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