2011年2月13日
内藤 正典
ムバラク辞任の後に来るもの~これは「革命」か?
ムバラク辞任はスレイマンを道連れにしたのか?
エジプト市民の反乱は、ムバラク大統領を退陣に追い込むことに成功した。ところで、直前に副大統領に指名され、ムバラクの辞任を短く伝えたウマル・スレイマン副大統領はどうなったのだろうか?彼自身の声明で、今後権限は軍の最高評議会に移譲されるとあったから、文字通りに受け取るなら、タンタウィ国防相が実権を握るということになる。最高軍事評議会は、大統領を議長とするのだが、現状では大統領のみならず副大統領も不在ということになると、暫定政権の長が誰なのかは、2月12日現在では明らかにされていない。
見方によっては、民衆の望む改革を約束しているとはいえ、軍が実権を掌握したのだから、市民の反乱が結果として軍のクーデタを招き寄せたともとれる。民衆の反乱を過小評価しようというのではないし、民主化の動きを軽視するわけでもない。
世界中のメディアが大々的に伝えているように、民衆の反乱⇒ムバラク独裁政権の打倒⇒革命⇒民主化、なのかどうかは、今もって即断できる状況にないと考えるのである。もう少し踏み込んで言えば、「民衆の反乱」であったことはわかるが、「革命」だったかどうかは分からない。革命というには、その先に体制の変革が来るのかどうか不明なのである。
2月10日(木曜日)「ムバラク大統領即時辞任を拒否」、2月11日(金曜日)「スレイマン副大統領から、ムバラク退陣の声明」、軍が実権を掌握したうえで民衆の要求は叶えられるという声明(類似の声明はその前から伝えられていた)という一連の流れに、どうも腑に落ちないものを感じる。
それは、情報機関の長であるスレイマン副大統領がムバラク大統領と道連れに退陣するにしても、内務省から軍にいたるまで張り巡らされた情報機関の組織が、スレイマン副大統領を切ることは考えにくいからである。表に出たものが、また、裏に引っ込んだということではないだろうか。
軍は何をするか?
民衆の一部は、真の民主化が実現するまでタハリール広場にとどまるとしているので、反乱を起こした人びとの一部には、軍や情報機関による秩序の維持(に名を借りた抑圧)が続くことを懸念しているのは確かである。エジプトの軍部は、他方、アメリカ政府から莫大な資金援助を20年以上にわたって供与されており(ここ十年は約13億㌦=BBCの記事による)、それを棒に振るようなことをするはずがない。そもそもアメリカが、2月上旬にミュンヘンで行われた第47回ミュンヘン安全保障会議で、わざわざスレイマン副大統領への権限移譲に賛意を表したことを考えるべきである。このとき、イスラエルの強い要請で、欧米諸国はムバラク退陣、スレイマンへの権限移譲という線で合意したはずである。スレイマン副大統領への権限移譲ということは、すなわち、軍もまたアメリカ・イスラエルとの友好関係、ハマスに対する厳しい取り締まり(ガザの封鎖に協力するということ)について、従前の政策を堅持するということである。
であるとすれば、エジプトの政権中枢における権力争いから、ムバラクと共に「アメリカが承認したはずの」スレイマンが退場するというのは俄かには信じがたい。
結局、民衆が軍の実権掌握(つまりはクーデタ)を招き寄せた(軍に反抗して引き起こした
のではない)という奇妙な構図が浮かび上がる。
エジプトの国軍の場合、過去の栄光(多くは負け戦だが、第4次中東戦争では機先を制した)から、武力は外に向けるもので国内には向けない、という国民側の信頼の上にある。だからこそ、ムバラクを「敵」とするなかで、軍は「味方」という妙な構図ができあがった。これがシリアやイランの軍なら、速やかに叛徒を武力鎮圧したであろう。しかし、先に指摘したように、エジプト国軍が、アメリカやイスラエルの意図で組織と権益を維持していることに疑いの余地はない。
この権力と権益とを削減しないで民主化に踏み出せるはずはない。軍は、ムバラク政権での圧政の主役ではなかったが、期せずして、今後は主役になる可能性が高い。軍が、民意を尊重して、民主化を進めることなど、ありえないからである。仮に民主化へのおぜん立てを軍の最高評議会がしてくれるとしても、それは軍の機構がもつ特権を侵犯しない限りにおいて、の話である。ここが今後の展開をみるうえで、もっとも懸念される点である。
民主化が進展するとは、当然、複数政党制になり、政党の結党にも制約が課されない方向に進むことを意味する。そうなれば、イスラエルとの友好関係をこのままにして良いか、当然、民意のなかには反対論が強まるはずである。特に、イスラーム主義勢力が登場すれば(2007年の国民投票で禁じているので、これを解除すればの話だが)、パレスチナの現状に対してイスラエルに批判を強めることになる。
アメリカから莫大な支援を得ている軍が、その支援を捨ててまでイスラエルに敵対して、民意を尊重することは、ありえないと言ってもよいくらい可能性が低い。民主化に進むのであれば、そこまで踏む込みこまざるをえないのだが、そこには多大の困難がある。