2010年9月14日
中西 久枝

イラン経済制裁の行方


 今晩、ラマダーン月(断食)が明ける。(これを書いているのは、2010年9月9日である。)イスラーム教徒にとっては、1か月間の断食(ラマダ-ン)から解放されて「イード・ル・フィトル」(断食明けの祭典、略してイード)というお祭り騒ぎがおこる晩である。今年は、ラマダーン月のちょうど真ん中の2週間をイランとトルコで過ごした。1か月断食するといっても、ご存じのように、日の出から日没までものを食べない、飲まないだけで、日没後はこれぞとばかりによく食べる。イランではお酒はあまり家でも飲まないが、1日の終わりには、日が暮れるとナツメヤシの実に紅茶で最初におなかをならして、そのあと果物、ヨーグルトスープ、お菓子などもりだくさんの食べ物が次から次へと出てくる。毎晩のように親戚や友達が集まって、ドンチャン騒ぎする。テヘランでは、夜中の2時頃まで、大通りはにぎやかだった。宿泊していたホテルでも、騒いでいる若者たちが毎晩大声を出すので夜中に目が覚めた。1日の断食が明けたことをお祝いすると言って、みんなでよく集まるのだが、断食をせず日中普通に食べている人達も当然パーティーに出て、よく食べている。
 断食といっても、病人、妊婦、子ども、高齢者、旅行者など断食を免除される例外事項がコーランにはあるので、断食は結局自発的なものとなる。今日はちょっと体調が悪いと本人が思えばそれで「病人」になるからである。イランにもトルコにもキリスト教徒はいる。キリスト教徒には断食月は関係ない。
 断食月は、イランでは日中レストランは閉店で、私のような旅行者はどうすればよいのかと思っていると、ファーストフードのサンドイッチだけは日中でもありつけた。といっても、サンドイッチもトマト、レタス、ビーフハムなど調理のいらない材料をはさんだだけのシンプルなサンドイッチばかりである。「日中は店屋では火を使った料理はしてはいけない」という政府からのお達しがあったからだと現地で聞いた。逆にいえば、火を使わなければ何を売ってもよいのである。断食をしない人やしなくてよい人が困らないように、数は少ないがこうした店は空いている。イスラームは実践レベルでは柔軟なのである。

 イランからトルコに行ってまず思ったことは、「トルコはイランと違ってモスクの数が多く、アザーン(礼拝を告げる合図)の声がやたらと大きい」ということだった。トルコは政教分離でイランはイスラーム共和国体制なので、本当なら反対のはずなのだが、逆転している。トルコは公正発展党というイスラーム政党が政権について以来、この数年特にモスクの建築に力を入れているようである。トルコ人の研究者に聞いたら、トルコでは今「1000人にひとつのモスク」を理想として、続々とモスク建築をしているということであった。民衆レベルのイスラームが着々と浸透していると思えばよいのだろうか。あるいは、そうなるとよいという思いが政府にあるのだろうか。
 トルコで断食しているイスラーム教徒がどのくらいいるのかわからなかったが、アンカラ、イスタンブールのような大都市では、日中もレストランは空いていて、日中も食べ物には苦労しない。また、日没にならないうちから、レストランでイェニラクというアニス酒を飲む人も多く、やはりこのあたりがイランと違うところかなと思う。イランでは、自家製のワインをつくっている人もいると聞くが、さすがに、人目につくところでは絶対にお酒を飲むことはない。家でこっそりというのはあるかもしれないが。

 イランと言えば、核開発疑惑問題が2002年から浮上し、国連の安全保障理事会で6月に6回目の経済制裁が決議された国である。今年9月上旬に日本政府が決定した追加制裁は、は、特にイランの金融機関との取引制限を強化するもので、金融制裁と呼ばれている。イランがウラン濃縮活動を継続していることに対しての圧力を強めるのが目的である。核開発に関与していると思われる88の団体、24個人、それに15の金融機関を、資産凍結の対象として追加した。貿易保険の適用についても、中長期については新規の受付を行わないとしている。イランが石油を輸出してもその決済がユーロでできないため、ヨーロッパへの石油輸出は最近半減したと言われている。こうした状態が続けば、金融制裁の影響はこれまで以上に目に見えておこっているだろう、というのが多くの識者の見方である。テヘランに事務所を持っている日本の商社や会社関係者は、「半年から1年のあいだに、イランは経済的にたいへんな状況に陥る」と予測していた。果してそうなのだろうか。
 テヘランからアンカラ行きの飛行機は、ほぼ満席で、トルコに投資しているビジネスマンやその家族たちがトルコに遊びに行くのである。経済制裁されても、イラン人ビジネスマンはこれまでもドバイで商売をしてきた。ドバイに加え、今はトルコにも投資されている。ドバイやトルコに投資されている会社は、もはやイラン人の名義になっているとは限らないという。取引禁止の会社の数が経済制裁でいくら数が増えようとも、グローバル化経済の進展する中、イランの会社は姿や形を変えてビジネスを続ける以上、制裁対象とする会社の選定は追いつかないように見える。ユーロで決済できないヨーロッパの会社もアラブ首長国連邦の通貨であるディルハムに変え始めた。イラン側の要望にEU諸国も応じたのである。
 昨年の大統領選挙で、選挙の不正を訴えて抗議行動に出た改革派の「緑の運動」は、大統領派のデモ鎮圧と粛清に逢い、今は影を潜めている。それは今年の2月に行ったときと変わらないが、違うのは新聞の数がまた増えていたという点である。1999年7月のテヘラン大学の学生寮での騒乱以来、言論・出版の自由に規制がかかってきたことは確かである。2009年の大統選後のデモ鎮圧のあとも、改革派系の新聞も数が少なくなっていた。半年前には12紙程度だった新聞の数が、今回はスポーツ紙を除いた普通の新聞が20紙に増えていた。いったん発禁処分になった新聞も、改革派系の新聞が同じ名前でも編集者が変わったり、別の新聞名で同じ編集者が新聞を発行したりしているのである。体制側の新聞の取り締まりも、傍目にはいたちごっこに見える。それは、米国主導の経済制裁にイランの経済界がどのように手をかえ品を換え、経済封鎖から活路を見出して対応しているか、というのと似ている。夏休みでかつラマダーンというほとんど休止中のようなイランは、学生たちの反体制運動も何もなく、日中はどこに行っても極めて静かで、きわめて平穏な雰囲気に包まれていた。
 経済制裁の影響はどうなのかと気になって、グランドバザール(大バザール)にも行ってみた。グランドバザールは、何千軒もの店舗が延々と続き、迷路のようである。若干お客の少ないのが目立ったのが、絨毯街であったが、どの店も置場がないほどものにあふれ、買い物客にあふれている。ラマダーンで家にお客さんが毎晩来るので、それに必要なものをいろいろと買っているようすである。またイラン人は、これもイラン人に聞いた話だが、後先をあまり考えずに、とにかくお金を使ってしまう人も多いそうである。貯金するという発想があまりないらしく、お金が手元にあればすぐにものを買うと言われている。そうした性向が日本にもあれば、もっと日本経済は内需が回復するかもしれない。
 バザールに行っていつも思うことがある。それは、イランという国には、「他の国にあってこの国にはないというようなことが何もない」という単純な事実である。狭い日本は、在庫をいかに減らすかというのも経済効率をあげる一つの策となっている。イランには、ヨーロッパのいかなるブランド品も揃っている。ヨーロッパに行かなくても、最新のファッションを身につけることはできる。日本で売っていないようなドイツ製の最新のフードプロセッサーも、複数のモデルがそろっている。日本では、生活の衣食住に必要なものの中に中国製が増え、国産品が年々減っている。イランでは、中国製も入ってきてはいるが、多くが国産である。また、年々特にぜいたく品をはじめ輸入品が増えているため、「外貨が無駄遣いされている。もっと政府は輸入規制をすべきだ」などという声が新聞記事になったりしている。こうしたイランの日常風景に見えるのは、中間層がこの10年館大幅に拡大し、少し高価な輸入品でも買えるほど、人々の暮らしは豊かになっているという事実である。これだけ経済制裁が課されてきても、欧米や日本のような不景気の影は見えない。そしていつも思うことだが、イランにはホームレスはいない。高値で推移する石油収入で、国家の底辺にいる国民にも厚い生活保障をしているからである。
 イランに対する金融制裁は徐々には効いてくるだろう。ただそれが、半年や1年というような短期でおこるとは考えにくい。インドや中国のような新興国は、米国の主導する対イラン経済制裁・金融制裁には、あまり耳を傾けることもない。前述のように、イラン人が隣のトルコで投資した会社は、トルコ経済が好景気で続いている中、確実に利益を上げているという。
 今のところ、米国の対イラン政策は、経済制裁の強化により、イランのウラン濃縮活動への圧力を強めることにある。しかし、経済制裁のさらなる強化をしたところで、イランがウラン濃縮政策を変えるとは思えない。隣のパキスタン、それにインド、少し離れてイスラエルも、核不拡散防止条約(NPT)には加盟せずに、核開発を着々と進めている。これら3国が核開発をしても何ら問題なく、NPTの加盟国のなかでイランだけは核エネルギーの開発も含め、ウラン濃縮をやめるようにと欧米、日本が促したところで、説得力はない。
 イランの核開発(疑惑)8年経過している。なぜこんなに長く続くのだろうか。2006年3月に日本で公開された映画「シリアナ」の中で出てきた「イラン危機」」に関する欧米の石油会社の幹部のセリフを思い出す。「核開発問題」が続く限り、石油は高値で推移し、われわれ石油会社は富を増やし続ける」と。この映画の陰謀説のように、本当に石油会社の利権が、この問題に絡んでいるかどうかは疑問である。ただ事実として、イランの核開発(疑惑)問題に、当面出口は見えない。問題なのは、イランの核問題が危機的だと報道され続けている現実である。学問的にそこに迫ることは至難の業であり、それに踏み込むつもはない。しかし、この8年間、本当に「危機的状態」だったのだろうか。イラン報道のあり方と経済制裁そのものの意義を再思考する必要があるのではないか。                                  (2010年9月9日)

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