2010年1月16日
内藤 正典

緊張するトルコ・イスラエル関係

イスラエル外務副大臣の馬鹿げた態度
 2009年1月、トルコとイスラエルの外交関係が緊張を高めた。ことの発端は、イスラエルのアヤロン外務副大臣が、デル・アビブ駐在のトルコのチェリッキコル大使を外務省に呼び出して、最近、トルコで放映されたドラマについて抗議した。その際、副大臣は高い(値段ではない)椅子に座り、大使を低いソファに座らせ、テーブルの上にはイスラエル国旗だけを飾り(ふつうは両国の国旗を飾る)、挙句の果てに、大使は外務副大臣より身分が下だと公言し、その様子をメディアに撮影させたとのことである。
 外交儀礼上、ありえない無礼な行為である。抗議のために呼びつけることなど、外交の世界では頻繁にあることだが、このように相手国の大使を侮辱する例は、あまりない。トルコのギュル大統領が、「わが国の大使を召還する」と即座に反応したのは当然である。
 結局、イスラエルのペレス大統領が事態を憂慮し、アヤロン副大臣に謝罪文を書くよう促し、リーベルマン外相、ネタニエフ首相共にこれを承認して、チェリッキコル大使とトルコ政府に謝罪した。
原因となったテレビドラマ
 両国緊張の発端となったテレビドラマは『狼たちの谷』(Kurlar Vadisi)という。相当な長編もので、もう何年も放送されている。今回の場合、イスラエルの情報機関モサドの要因が子どもを誘拐するシーンがイスラエル側を苛立たせた。イラクを舞台にトルコに攻撃を仕掛けるクルド分離主義の武装組織PKKとトルコ軍との戦闘を描いたり、イラクにおけるアメリカの陰謀を描いたりと、徹底して周辺諸国や同盟国のアメリカまでが陰謀をめぐらせて、トルコを陥れようとしているという陰謀史観に貫かれている。なかなかリアルなのは、ドラマとはいえ、この種の陰謀や攻撃が、多分にありそうなことであるとトルコ国民には受け取られるからである。ドラマでは、必ず、愛国・救国の士が登場して、いかなる謀略にも拷問にも屈せずに闘うという筋書きになっているので、トルコの民族主義を高揚させる主旨で書かれていることは疑いの余地がない。
 ただし、トルコの民族主義が、今日、置かれている状況には若干注意が要る。かつて(イスラーム色の強い現在の公正・発展党政権ができるまで)トルコ民族主義というのは、建国の父ムスタファ・ケマル・アタテュルクによる救国・建国の戦いのストーリーを基にするものが多く、ドラマなどに使う場合も、イスラームがらみで描かれることはなかった。民族主義といっても、国家主義そのものであり、建国の父がこの国に厳しい政教分離原則を持ち込み、トルコを世俗主義国家と規定したため、イスラーム色を持ち込むことは、そもそもトルコの体制イデオロギーとしての世俗主義とは相容れなかったからである。
 ところが、この『狼たちの谷』は、最近の中東情勢の動きを反映してストーリーを展開させている。イラク編、シリア編、パレスチナ編などがあり、特にパレスチナ編では、パレスチナ人へのシンパシーが色濃く、反イスラエル的な内容になっている。イスラエル兵によるパレスチナの子どもの殺害シーンなど。このあたりに、イスラーム色をにじませる公正・発展党政権のパレスチナ(特にガザ)に対するシンパシーと、アメリカ・イスラエルに対する反感を巧みに取り入れた内容となっている。この番組は、旧来のトルコ民族主義モノとは異なり、現政権の外交政策に添った内容となっているため、かなりきわどい部分がありながら、メジャーなテレビ局によって放送され続けたのである。
 今回、直接問題とされたシーンの一つは、イスラエルの大使館(総領事館)とおぼしき建物に誘拐された赤ん坊が監禁されていて、それを主人公(トルコ人の勇士)が助けるというものだが、赤ん坊を助けるために、イスラエルの要員(モサド?)を射殺すると、背後のイスラエル国旗に血しぶきが飛ぶというものである。
 イスラエル側にすると、これは反ユダヤ主義の宣伝ということになろうが、視聴者であるトルコ人は、中東でのイスラエルの過剰な防衛がもはや暴力といわざるを得ないことを日々、パレスチナからの報道で知っている。イスラエル政府は、欧米諸国などにみられる反ユダヤ主義批判の延長線上で、トルコ大使に抗議したのだろうが、トルコ国民からは、強烈な反発をまねくだけであった。
伏線としての対イスラエル批判 
 今回の対立に至る前、すでに、昨年からトルコとイスラエルの関係は緊張を高めていた。2008年12月~09年1月にかけて、イスラエルがガザ地区に行った攻撃で1400人近い死者を出した。その直後、09年1月29日にスイスのダヴォスで行われた世界経済フォーラム(通称ダヴォス会議)でガザ問題のパネルがあった。その席上、トルコのエルドアン首相は、イスラエルのペレス大統領に向かって、「人殺しの仕方をよく御存知のはずだ。子どもを殺したことを我々はよく知っている」と異例の強い調子で公然と非難した。
 このとき、イスラエルはトルコに対して強硬な姿勢を取らなかった。09年の10月には、イスラエルとトルコの合同軍事演習が予定されていたが、トルコ政府は、イスラエル空軍の参加を拒否している。トルコ首相府は、「ガザ攻撃に参加したかもしれないイスラエル空軍機のトルコ領空内での演習は容認できない」として、合同演習を拒否したのである。
 トルコはNATO加盟国であり、イスラエルとも軍事協力関係をもち、イスラエル製の武器も購入してきたが、ここにきて、両国間の関係は極めて厳しいものとなっている。ムスリムであるトルコ国民がパレスチナの状況に対して深い憂慮と怒りを感じていることは言うまでもない。いまのところ、なんとか外交関係の維持はしているものの、トルコのイスラエルに対する非難と厳しい姿勢は、パレスチナ問題へのネタニエフ・イスラエル首相の強硬姿勢が続く限り変化しないだろう。トルコのエルドアン政権の支持率は、二期目(2007年~11年)に入って、低下しているとされ、国民の支持を取り付けるためにも、外交姿勢においてイスラーム的公正(弱者=パレスチナ、アフガニスタンなどの民衆)への支援強化)を打ち出す必要がある。
 昨年のダヴォス会議の直後、エルドアン首相への支持が急上昇した。今回、イスラエル外務副大臣の失策は、トルコの公正・発展党政権にとっては、プラスに作用する結果となったと言えよう。

コメンター別アーカイブ 時系列順アーカイブ お問い合わせ