2009年11月 4日
内藤 正典

トルコの新たな外交戦略(1)

3つの「打開」
トルコは、いま、外交と内政において、三つの「打開」(トルコ語ではaçılım)を掲げている。アチルムとは、オープニングの意味だが、日本語としては行き詰まっていた課題を「打開」するの意味に近い。
(1)アルメニア問題の「打開」
(2)クルド問題の「打開」
(3)民主的「打開」
政府が打ち出したのは、この三つである。ここでは、この3つの「打開」を通じて、トルコの新たな外交戦略について検討する。

アルメニア問題の「打開」
トルコにとって、アルメニア問題は、トルコの国内問題ではなく、第一次世界大戦当時(主として1915-1917年)のアルメニア人の犠牲者について、アメリカやフランス、レバノンなど国外に住むアルメニア人同胞が、「虐殺」として認定するよう求めてきた問題の処理に関するものである。
当然のことながら、トルコ政府は、「虐殺」を認めていない。ただし、第一次世界大戦当時の混乱した状況のなかで、トルコ人、アルメニア人、クルド人、アラブ人などが混在して居住していた今日のトルコ東南部地域において、衝突が繰り返され、各々に多くの犠牲者が出たことは認めている。
アルメニア人に関しては、革命前のロシアが民族自立を煽動したとして、シリア側に大量追放され、その過程で多くの犠牲者を出したことについて、トルコ国内でももはや全面的に否定する論調は少ない。ただし、これを「虐殺」(genocide)とは認めない。ジェノサイドとは、政府もしくは政府に類する権力機構によって、組織的に殺戮が行われた場合を指すから、これを認めることは、国家としての組織的虐殺を認めることになるからである。
一方、「虐殺」問題について強硬な姿勢をとってきたのは、アルメニア共和国本国よりも、在外アルメニア人の方であったことは、あまり知られていない。アルメニア本国は、かつてソ連当時は、この種の外交問題を提起することはなかった。ソ連崩壊にともなう独立後には、「虐殺」問題を提起することが可能になったが、在外アルメニア人組織による反トルコ・キャンペーンに比べると、本国の動きは必ずしも活発でなかった。
実際、アルメニア虐殺を歴史上の事実として公認させる動きは、アメリカやフランスにおいて活発であり、2006年にはフランス議会に「アルメニア虐殺を否定する言動を処罰する」趣旨の法案が上程された(施行されていない)。また、アメリカ下院外交委員会でも、「虐殺の公認」の決議がなされている。
しかし、アルメニア共和国本国からの「虐殺」公認の働きかけは、在外組織に比べると低調であった。1990年代初頭のナゴルノ・カラバフ紛争以来、アゼルバイジャン領であるナゴルノ・カラバフ(アルメニア人が多数を占める)を不当に占領していることもあって、アルメニア本国が虐殺問題を国際世論に問うた場合、ナゴルノ・カラバフ問題で逆襲される可能性を絶えず考慮しなければならないからである。

昨年、トルコのアブドゥッラー・ギュル大統領がアルメニアを電撃訪問した。今年10月には、両国の国交正常化交渉に関する取り決めに両国外相がサインし、正常化は両国の議会で審議されることになる。
「虐殺」を認める、認めない論争に注目していると、この展開の意味は分かりにくい。だが、「虐殺」公認要求は、在外アルメニア人組織が中心に行ってきたものであり、「虐殺」否認はトルコ政府が行ってきたことを考えると、今回の国交正常化の主役であるアルメニア共和国政府は、虐殺公認論争の中核にはいなかったのである。
他方、南コーカサスの内陸国であるアルメニアは、隣国アゼルバイジャンとは紛争が継続中であり、北のグルジアはロシアと厳しい対立関係にある。グルジアに比べると、アルメニアの対ロ関係は悪くないが、ロシアへの依存度を高めれば、ますます近隣国との関係は悪化せざるをえない。
トルコとの主要な国境ゲートは、ナゴルノ・カラバフ紛争によって1993年に閉鎖されたままである。トルコは同じトルコ系民族のアゼルバイジャンとは一貫して極めて強い友好関係にあり、経済的にも、BTC(アゼルバイジャンの首都バクー、グルジアの首都トビリシ。トルコの地中海岸の都市ジェイハン)パイプラインによって資源戦略を共有している。
これらの状況を勘案すると、アルメニア共和国側には、経済的孤立を打開するために、トルコとの国交を正常化し、国境ゲートを再開させることに一定の意義が見出せる。
一方、トルコにとっては、国境の再開がさして大きな経済効果をもたらすとは思えない。むしろ、アゼルバイジャンとの友好関係にひびが入ることを懸念する声は多いのである。トルコにとってアルメニアとの国交正常化がもたらす最大のメリットは、在外アルメニア人組織による反トルコ・キャンペーンの封じ込めにある。本国が国交正常化に動けば、在外同胞のはしごを外すことになるからである。実際、アルメニアのサルキシアン大統領は、在外同胞から厳しい批判を受けている。
在フランスのアルメニア人組織による反トルコ・キャンペーンは、トルコのEU加盟交渉にとって、絶えずマイナスの要因であった。カリフォルニアを中心とする在米アルメニア人のロビー活動もまた、大統領選をはじめ米国内の主要な選挙の際には、必ず活発化していた経緯があり、これを封じ込めるには、アルメニア本国との国交正常化がもっとも効果的であったことは事実である。
2009年4月のオバマ大統領のトルコ訪問に際して、大統領はアルメニア問題に言及した。しかし、「虐殺」(ジェノサイド)という表現を使っていない。つづく4月24日の「虐殺メモリアルデー」での書簡でも、ジェノサイドという表現を使わず、トルコ側に歩み寄ったのである。
今回の国交正常化は、オバマ政権によるトルコ重視の姿勢に対するトルコ側からの一つのレスポンスである。これ以上、アルメニア共和国の経済的孤立が続くと、ロシアへの接近を強める可能性もあり、南コーカサスの安定には寄与しない。アゼルバイジャンとアルメニアの紛争状態が一挙に解決する可能性は現段階では低い。だが、トルコがアルメニアとの国交を正常化させれば、アゼルバイジャンとアルメニアの20年にわたる紛争状態を解消する一歩が踏み出せる可能性はある。

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