2009年4月 6日
内藤 正典
オバマは、なぜトルコを最初の訪問国に選んだか(その2)
オバマの中東外交・対テロ戦争の要点
1.テロとの戦いの主戦場をイラクからアフガニスタンに移す。アフガニスタンではタリバン支配地域が拡大し、NATO軍を主体とするISAF(治安協力部隊)の犠牲者が増大している。
2.イスラエルの生存権と権益を擁護すること(裏返せば、ハマスはテロ組織として交渉相手にせず、あくまでアッバース議長のファタハにパレスチナ側交渉代表をまかせたい)
3.イランの核開発を抑止し、イスラエル、イラクにとって脅威とならないようにする。
4.イラクからの撤収をスムーズにおこなうこと。
5.イラク国家の体制を安定化させると同時に、一貫して米政府に協力してきた北イラクのクルド自治政府の自治・独立要求に応分の答えをだすこと
アメリカにとってのトルコの戦略的重要性
上記の要点に対応するかたちで考えてみると、以下のようになる。
1.アフガニスタンで、すでにトルコはNATO加盟国としてISAFに兵員を送ってきたが、犠牲者を出していない。もっとも単純化した説明をするなら、トルコ軍は現地アフガニスタンの民衆から協力を得るには、「何をしなければならないか」、「何をしてはならないか」をよく心得ているからである。作戦行動の内容というよりも、日常的なパトロール活動などにおいても、アフガニスタン市民から敵意を受けるような行動を慎み、治安維持という目的のために的確な行動を統率された兵員が実践してきたことが最大の要因である。同時に、文民レベルでは、2001年のアフガニスタン戦争後、最初に駐留したNATOの文民代表をトルコの元外相ヒクメト・チェティンが勤めており、彼はアフガニスタンの部族勢力の関係を詳細に把握し、治安維持と復興のために、何が必要な方法なのかを知っていた。今回、NATO首脳会議でも、今後、アフガニスタンに増派するならば、トルコとして文民代表を再度派遣する用意があることを表明している。
2.去る1月末のダヴォス会議(世界経済フォーラム)での、「ガザ問題パネル」において、エルドアン、トルコ首相がペレス、イスラエル大統領に対して、きわめて激しい調子で非難した事件は、イスラエルとアメリカにとって、かなりの衝撃を与えた。エルドアン首相は、一言も「イスラエル」とも「ユダヤ人」とも言わなかったが、「あなたは、人殺しの仕方をよく知っている。我々は、浜辺にいた子どもたちを、どのように狙い、どのように殺害したかをよく知っている」などと発言した。
他の国の首相が、イスラエルの大統領に向かってこのような発言をすれば、「反ユダヤ主義」として囂々たる非難を浴びることは確実である。だが、イスラエル政府も、オバマ政権も、この発言をめぐってトルコを公然と非難しなかった。逆に、クリントン国務長官は就任直後にトルコを訪問し、今回のオバマ訪トを知らせている。
つまり、中東で唯一イスラエルと軍事協力関係をもつトルコ、唯一のNATO加盟国であるトルコを、イスラエルから離反させるのは危険すぎるという判断をオバマ政権がしたと読むことができる。実際問題として、トルコ政府が言うようなイスラエル・パレスチナ双方の仲介を実現するのはなかなか難しい。しかし、仲介努力のできる同盟国を失う愚をオバマ政権は犯せないのである。
3.イランの核問題についてトルコができることは限定的である。直接、イランに介入して、核開発を抑止することはできない。しかし、アメリカ政府、イランの核開発を最大の脅威と受け止めているイスラエル政府の両者が、「何を最後の一線と考えているか」「何を踏み越えたらイランを攻撃するか」について、正確な情報を伝達する役割をトルコに担わせるのは妥当である。トルコとイランとのあいだには、外交上の問題がほとんどない。イランは天然ガス等をトルコに供給しているし、クルド問題では、イラク北部に拠点を持つ極左ゲリラ(トルコ側で活動するPKK、イラン側で活動するPJAK)を掃討しようとしている点で、両国は利害を共有する。両国首脳の往来は活発であるところから、少なくとも、トルコがアメリカ・イスラエルの真意と警告を伝える役割を担えることは確かである。
4.イラクからの米軍撤収に関して、アメリカ政府は、北のクルド地域を経て、トルコ側に入り、トルコ東南部のインジルリッキ空軍基地を使用する(もしくはイスケンデルンなどの軍港)ことを要請し、トルコ政府も受諾する方針を示している。長期にわたる撤収作業は、トルコ側の貧困地域である東南部(クルド人の多い地域)にキャッシュを落とすという経済効果が見込める。経済危機の現在、このような地域経済活性化策は、トルコにとって望ましいものである。このルートでの安全かつ迅速な撤収作業を行うことは、「イラクから軍を撤収させること」を公約としてきたオバマ政権にとっては極めて重要な意味を持つ。ベトナム戦争の最後のように、追撃されて、出て行くというようなみっともない姿をさらすことはできない。
5.イラク撤収に際して、最もセンシテイブな問題が、北イラクのクルド自治政府の独立・自立要求である。自立を強める、あるいは独立に近づけば、イラクの統一を危うくする。統一国家の体裁は維持させつつ、しかし、イラク戦争から現在まで一貫して米軍駐留と統治を支持してきたクルド自治政府を放り出すこともできない。
では、何をどこまで実現させるのか?中東にとって、新たな火種となりかねない重要な懸案がこの点にある。
クルド地域にあるキルクーク(大油田地帯)をクルド自治政府に帰属させるのか、させないのかをめぐる住民投票は、本来なら2007年末に実施の予定だったが、いまだに延期されたままになっている。その間も、クルド自治政府は、イラク中央政府を通さずに、外国企業の参入や投資を受け入れており、このことが、中央政府の分裂と内戦の危機に直結していることは言うまでもない。仮に、キルクークをクルド自治政府に帰属させるなら、資源を失うスンニー派勢力は、クルド自治政府に対する攻撃やテロを活発化させるだろう。
6.その1でも指摘したが、アフガニスタンの治安回復とタリバン掃討を成功させることができるか否かは、隣国パキスタンの統治能力にかかっている。ムシャッラフ前政権は、彼が軍人出身だったことから、軍事力を効果的に使うことで、イスラーム過激派勢力を、カシミールに追いやることには成功した。つまり、パキスタン全土で、次から次へとイスラーム過激派(政権に対して暴力的なジハードを敢行する勢力)を一定の領域に隔離することはできたのである。しかし、これは不徹底であったし、ムシャッラフ政権が、欧米からの民主化圧力を受けて退陣したことで、重しははずれてしまった。アフガニスタンとの国境地域は、部族間関係がきわめて錯綜しており、この地域を統治するには、武力、資金、交渉という三つを巧みに使い分けなければならない。現在のザルダリ政権がその能力をもっているようには見えない。
この状況で、アフガニスタンをテロとの戦いの主戦場にするというオバマ大統領就任直後の「宣言」は、いささか勇み足であった。パキスタンとアフガニスタン、二つの国を安定化させ、テロリストの巣窟、あるいは反米武装勢力の巣窟にさせないというのは、短期的にはほとんど不可能といってよい。
アフガニスタンとの国境地域をNATO軍に空爆させるというのは、部族勢力の激しい反発を招き、第二、第三のムンバイ・テロを引き起こす危険がある。実際、あのテロでさえ、必ずしもインドを標的にする必要はなかったのであって、パキスタンの現政権にダメージを与えるような大規模テロが起きるリスクは高い。
ここをなんとかするために、トルコとパキスタンとの長年にわたる、いわく言い難いほどの友好・親密な関係を利用することは、オバマ政権の対テロ戦争の成否にとって、かなり重要な鍵となろう。