2009年4月 2日
内藤 正典

トルコ統一地方選挙の結果と地域的な分裂傾向

与党支持は減少、しかし大きなうねりはなし
2009年3月29日、トルコでは、全国の市長村長(県知事は公選制を採っていない)および県議会議員選挙が行われた。結果は、国会での与党、公正・発展党(AKP)が票を減らし、野党の共和人民党(CHP)がやや支持を増やし、クルド政党の民主社会党(DTP)も確実にクルド地域を押さえた。
2007年の総選挙で、与党は47%という驚異的な得票で政権基盤を安定させたかにみえた。しかし2009年春の段階では、支持率は全国で38%に減少している。大勢は変わらないのだが、地域別の支持政党をみると、深刻な問題が隠されていることがわかる。

地域的な分裂傾向
もともと見られたことなので、取り立てて新しい現象とは思わないのだが、今回の統一地方選挙の結果、きれいに政党ごとに地域が分かれてしまった。

与党:公正・発展党(AKP)〔イスラーム主義、経済成長路線〕⇒まんべんなく勝利したが、以下の野党勝利地域を除く。

野党第1党:共和人民党(CHP)〔世俗主義、トルコ国家主義〕⇒エーゲ海から地中海沿岸地域(西部~南部地方)をおさえた。イスタンブルやアンカラなど大都市では、中間層~富裕層の集中する地域で勝利。伝統的に西欧化志向の強い地域、アタテュルクの建国の理念を支持する軍人・学生・中間層などの支持を得たものの、党首のデニズ・バイカルでは与党に勝てないと考える支持者は多く、今後、体制作りが大きな課題。要するに、与党に投票したくないから共和人民党に投票した人が多いという印象。

野党第2党:民族主義者行動党(MHP)〔トルコ民族主義、イスラーム勢力とは着かず離れず、クルドへの権利拡大に反対〕⇒沿岸部からもうひとつ内陸に入った地域で勝利

野党第3党:民主社会党(DTP)〔クルド民族主義、左派〕⇒東南部のクルド人地域で勝利。前回、与党に流れた票を回復。中心都市のディヤルバクルでは圧勝。

注目点:
1.自治体の首長を獲得することはできなかったものの、AKPよりも保守的なイスラーム政党である至福党(SP)が、いくつかの自治体で伸長。公正・発展党の「穏健なイスラーム路線」が、昨年の憲法裁判所による「世俗主義違反」判決で停滞するなか、確信的なイスラーム主義政党が、コアなイスラーム主義者の票を取り込む傾向が見え始めた。
2.クルド地域については、昨年11月にエルドアン首相が遊説に赴いた際、一部のクルド人から投石などの暴力行為がなされ、それにキレた首相が「好きになるか、出て行くか、どっちかにしろ」と発言したとされる。発言の真偽はいまひとつはっきりしないが、マスコミでは流布されている。このような態度が、もっぱら現物支給(選挙の前に、食料品、衣料品、燃料などが大量に貧困層に支給されること)によって、貧困層の多いクルド人の票を取り込んできた与党支持票を減らす原因になったという指摘は多い。
3.イスラームか、世俗主義か、という論点では、世俗主義の擁護を明確に掲げてきた共和人民党の今後が注目される。この政党(前身も含めて)は、世俗主義とトルコ民族主義(トルコ共和国に対する忠誠を誓うトルコ国家主義)が混在している。世俗主義という点では、当然、イスラーム主義をひどく嫌うため、元来は、EU加盟支持で、「いつかヨーロッパになれば、イスラーム政党も衰退する」と単純に信じてきた支持層がいた。しかし、2006年に、南キプロス(ギリシャ系キプロス共和国)未承認問題でEUのいくつかの国がトルコの加盟交渉を阻止して以来、「世俗主義=西欧化=EU加盟が悲願」という図式が成り立たなくなった。世俗主義だが、ヨーロッパに擦り寄るのはやめようということになると、勢い、トルコ国家主義が前面に出てしまう。
しかしそうなると、トルコ民族主義を標榜し、クルドの権利拡大にも反対する民族主義者行動党(MHP)に票を奪われる傾向がでてくる。MHPの方は、かつては極右民族主義政党とされていたが、現在は、建国の神話とアタテュルク主義を信奉する人々と、トルコ民族+イスラームの融合路線こそトルコの進むべき道と信じる人々とが混在する状況。ただし、PKKによるテロが活発化した場合には、極度に高揚しトルコ民族主義を叫ぶ支持者が多い。


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