2009年4月 6日
内藤 正典
オバマは、なぜトルコを最初の訪問国に選んだのか(その1:NATO事務総長問題)
G20からNATO,そしてトルコへ
オバマ外交の最初の舞台はG20、次はドイツのケールで開催されたNATO首脳会議、そして最後がトルコ訪問である。個別の国として、トルコを最初の訪問国に選んだのはオバマ政権が初めてである。そこには、オバマの対中東・イスラーム圏政策と「テロとの戦い」に関して、トルコをキー・プレーヤーと認めざるを得ない状況がある。
NATO次期事務総長選任をめぐって抵抗したトルコ
4月3日、デンマーク各紙は、ラスムッセン首相がNATOの次期事務総長に選ばれるだろうという観測記事を掲載していた。だが、4日の朝になっても、事務総長の選任で首脳会議は合意に達しなかった。最終的に、ラスムッセン首相が事務総長(2009年8月1日~)に選ばれたのは、4日の夕刻だった。
全会一致が原則の事務総長選考が難航したのは、トルコが、「デンマークのラスムッセン首相」案に抵抗したためである。
トルコは、なぜ抵抗したのか?主な理由は2点である。
1.トルコからの分離独立を主張する極左ゲリラ組織のPKK(クルディスタン労働者党)は、デンマークに拠点をもつRoj TVという衛星放送局を宣伝放送に使っている。トルコ政府は、再三にわたってデンマーク政府に対し、この放送局が、テロを煽動し、少年・少女をゲリラとしてリクルートしているところから、閉鎖を要求してきたがデンマーク政府はこれまで応じなかった。PKKについては、EUもすでに2002年にテロ組織と認定しているほか、米国政府、日本政府、イラク政府もテロ組織とみなしている。このRoj TVは、その前身にあたる放送局が、英国とフランスにあったのだが、いずれも独立放送委員会から「テロ煽動」にあたるとして閉鎖させられ、EU諸国で最も放送の自由度が高いデンマークに局を移転した。デンマークの放送法が、高度な自由を保障していることは良く知られているが、EUそのものがテロ組織と認定した組織のプロパガンダ放送をRojが担ってきたことも確かである。
2.デンマークでは2005~06年にかけて、保守系の新聞「ユランズ・ポステン」がイスラームの預言者ムハンマドの風刺画を掲載したことで、イスラーム世界とのあいだに衝突を引き起こした。欧米諸国や日本では、「新聞社が風刺画を掲載したから、イスラーム過激派がテロや暴動を起こした」と伝えられてきたので、直接の責任主体がユランズ・ポステンや、同じ風刺画を掲載したマスコミ各社にあると思われがちだが、事件を拡大させた直接の責任者は、ラスムッセン首相である。
首相が、政府として一新聞社の報道の自由を規制できないとした点にはなんら問題はないのだが、ラスムッセンは、事件後に、同じユランズ・ポステン紙とのインタビューで、事態を「表現の自由VS宗教的過激主義」にすりかえてしまった。そのため、OIC(イスラーム諸国会議機構:イスラーム圏の国連のような組織)も激しく非難した。
イスラーム諸国の側も、事が一新聞社の範囲ならば、そのうち事態を沈静化させることができたのだが、表現の自由VS宗教過激主義とデンマーク首相に言われては、喧嘩を受けて立たざるを得なくなった。
トルコが、ラスムッセンのNATO事務総長に反対したのはこのためである。
トルコのエルドアン政権は、イスラームを政治に反映させたい。与党の公正・発展党も、もともとイスラーム主義政党の流れをくんでいるし、政権の中枢には、かなり明確にイスラーム主義を支持する政治家たちがいる。したがって、他のイスラーム諸国からも、「ラスムッセンがNATO事務総長として、アフガニスタンの治安維持問題などに口を出すのは反対」という意見が出ていた。
さらに、デンマークのラスムッセン政権は右派で、ドイツ、フランス、オランダ、オーストリアなどと歩調を揃え、トルコのEU加盟に反対していたことも背景にある。
トルコは、なぜ最終的にラスムッセンに同意したのか
トルコからNATO首脳会議に出席していたのはギュル大統領とババジャン外相である。両首脳とも、欧米加盟国に対して異議を唱えてきたが、最終的に、トルコ政府はラスムッセンに同意した。
この途中で、NATOとは関係ないEUの拡大委員長オッリー・レーン(フィンランド)が、事務総長人事に抵抗することが、あたかもトルコのEU加盟に災いするかのような発言をした。ギュル大統領は、これに強い不快感を示したが、当然であろう。EU拡大担当であろうと、NATO首脳会議に絡んだ発言をするのは越権である。
トルコがラスムッセン人事に同意を与える代わりに何を得たか?
これは、現段階ではトルコ側報道によれば以下の通りである
①PKK宣伝放送をしているRoj TVの閉鎖
②アフガニスタンに派遣されるNATO軍の文民代表をトルコ人にする(これは前例があるので二度目)
③NATO事務総長に次ぐ文官ポストにトルコ人を就任させる
④トルコで開催する「文明間同盟」国際会議にラスムッセン首相を招き、「預言者ムハンマド風刺画事件」について陳謝させる
★ただし、これらの点について5,6日のデンマーク各紙は、ラスムッセン首相の「妥協」を批判し、これに対してラスムッセン首相は、とくにRoj TVの閉鎖問題について「あくまで司法が判断することで自分が決めることはできない」旨、発言している。この問題については、ケールでのNATO首脳会議の際、エルドアン首相を説得していたというイタリアのベルルスコーニ首相が、「ラスムッセン首相はRoj TV閉鎖を認める発言をした」とイタリアでは報道されているが、確認はとれていない。
オバマの「対テロ戦争」戦略にとっての意味
テロとの戦いの主戦場をアフガニスタンにすると宣言したオバマ大統領にとって、NATO加盟国のなかで、兵員がムスリムで構成されるのはトルコのみである。すでにトルコはISAFに750人近い兵員を派遣しているが、不思議と、犠牲者が出ていない。イスラーム圏での治安維持活動に特殊なノウ・ハウを持っているからである。オバマ政権はこの点に注目し、アフガニスタンの治安回復とタリバン掃討作戦に、トルコ軍の増強を望むだろう。
NATO事務総長の人事で、トルコがいわば切り札を握ったのは異例だが、今回の場合、オバマ新政権にとって、今後の対テロ戦争を成功させられるかどうかの試金石が、NATOからの兵員増強にあることに疑問の余地はない。
だが、イラク戦争に関与していないカナダやドイツの兵士までが多数犠牲になっている現状で、ヨーロッパのNATO加盟国は、兵員増派を簡単に承認しにくい。トルコも原則的に国防に関係ない派兵は認めない。その典型的なケースが、湾岸戦争とイラク戦争における派兵拒否であった。
だがその一方で、起こしてしまった戦争の後始末としての治安回復や復興には、トルコ軍もNATOもしくは国連軍の枠組みのなかで協力する。
アフガニスタンを落ち着かせるには、隣国パキスタンを落ち着かせなければならない。これは各種イスラーム過激派勢力が、パキスタン側を拠点としていることから明らかである。しかし、パキスタンに武力行使をして、250を越す「ジハード組織」を壊滅することなど、まったく現実性がない。パキスタンのザルダリ政権には、軍を指揮することは難しい。
ここにも、トルコ政府およびトルコ軍を頼りにせざるをえない理由がある。トルコ政府・軍ともに、パキスタンの政界、軍ときわめて緊密な協力関係にあるからである。地図をみれば明らかなように、両国は離れている。しかし、この緊密な盟友関係は無視できない力をもっているのである。