2008年11月 2日
内藤 正典

オバマ大統領がもたらす中東への危機

 米大統領選では、オバマ候補の優勢が伝えられる。ヨーロッパにしても、中東諸国にしても、オバマ候補への待望論が強い。8年間のブッシュ政権が、中東情勢、とりわけイラクやアフガニスタンに対する強攻策をとり、失敗してきたことへの嫌気がオバマ支持の声を強めている。中東に限らず、イスラーム世界でも、オバマ支持の声は強い。私が専門とするトルコでも、同様である。
 しかし、トルコで支持の理由を聞いてみると、オバマ候補が黒人であるため、「きっと抑圧や差別を受けたに違いない」という同情論、イラク撤退を宣言していることによる中東政策の変更、とくにイスラエル寄りの姿勢を明確にしていたブッシュ政権と異なり、ムスリムに対し、あるいはアラブ人に対して協調的な姿勢を示すであろうという期待に基づいている。
 しかし、これらはかなりの確立で幻想と言わざるを得ない。たしかに、イラクからの撤退はオバマ政権になれば実現されるだろう。しかし、どういうタイミングで、どの程度、そしてどこに撤退するのかが問題である。いくらオバマが大統領になっても、米国の中東政策、とくにイスラエル支持の姿勢が突然アラブ支持に変わることなどあり得ない。トルコにとっても、いわゆる「アルメニア虐殺問題」に対して、オバマが積極的に支持する姿勢を示すことは間違いない。実際、カリフォルニアを中心とする在米アルメニア人の支持を得るために、オバマが「アルメニア虐殺事件の公認」を議会で通す可能性は高い。
 また、イラクの統一についても疑問が残る。ブッシュ政権が、いかにイラクを破壊したとしても、イラクの統一だけは維持しようとしていた。イラクは、アラブ人であるスンニー派、シーア派と並んで、北部のクルド人の処遇が焦点となる。米国主導のイラク戦争とその後の占領を通じて、北イラクのクルド自治政府だけが、一貫して米国を支持してきた。
 彼らの期待は、クルド国家の独立、もしくは高度の自治を実現することにある。いずれにせよ、イラクの統一を危うくすることは間違いない。オバマ政権は、クルドの自治政府を連邦制のもとでの自治国家として認めるのだろうか。もしそうすれば、イラクの統一は、急速に危機に瀕する。最悪なのは、イラクからの撤退が、米国への帰国を意味するのではなく、部分的に米軍がクルド自治区にとどまることである。
 万一、そういうことになれば、クルド人という世界で国を持たない最大のマイノリティにとっては、背後に米国の支援を得ることになり、きわめて望ましい結果をもたらす。しかし、こうあると、近隣のトルコ、イラン、シリアは、米国がクルド人のバックについてしまうことになり、中東に新たなイスラエルが誕生するという危機感を強めるだろう。
 パレスチナでもオバマへの期待は高い。しかし、イスラエル寄りの米国の中東政策が、さほど変化しなければ、ハマスをはじめ、パレスチナの政治勢力は、オバマへの反感を募らせることになろう。危険なのは、勝手な思い込みによる期待が裏切られたときに発生する敵意である。
 オバマの父親がイスラム教徒であったことも蒸し返されるだろう。彼のフルネームは、バラク・フセイン・オバマである。ミドルネームのフセインがイスラーム初期の指導者の名前から採られていることは間違いない。ファーストネームのバラクも、アラビア語で「神の恩寵」を意味するバラカから来ているかもしれない。
 イスラーム世界では、オバマが実はムスリムであって、自分たちのために働いてくれるのではないかという根拠のないさえある。オバマ自身はキリスト教徒であると宣言している。これは彼の母親がキリスト教徒であったからキリスト教に入信したという形で報道されている。しかし、父親がムスリムの場合、イスラーム法によれば子どもは自動的にムスリムとなる。したがって、オバマが自身をキリスト教徒と宣言すると、イスラームを棄教したことになってしまう。
 各国のイスラーム指導者には、子どもの時に母親の宗教であるキリスト教に改宗したとしても、目くじら立てるようなことではない、と寛容な姿勢を示す人が多い。だが、オバマの中東政策・対イスラーム圏政策が、ムスリムの期待にこたえられない場合、オバマは棄教者として弾劾される可能性がある。
 マケインならば、今以上に悪はならないだろうという諦観がある。オバマは、彼に対する期待が大きいだけに、その反動も大きくなる点で、中東・イスラーム世界にとっては、「何をするかわからない」という意味において危険な存在なのである。

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