2008年8月21日
内藤 正典
グルジア問題からウイグル問題へのつながり
グルジア問題とイスラーム圏
北京オリンピックの開催中、世界では大きな事件が相次いだ。イスラーム圏との安全保障を考えるうえで、余りに激しく、かつ重大な事件なので、北京オリンピックに乗じて起こされたと考えても、あながち邪推とはいえまい。
第一に、グルジア・ロシア紛争である。第二には、パキスタンのムシャラフ大統領辞任、第三に新疆ウイグル自治区での騒乱、第四にアフガニスタンでの治安悪化である。21世紀に入るまでは、中東の問題、南アジアの問題、中国問題、ロシア問題というように、地域を区分して政治情勢や安全保障の問題を論じる傾向が強かった。しかし、現在、これらの問題は、地域区分を超越して検討すべき段階に入った。
グルジア・ロシア紛争は、一見するとイスラーム圏の問題とはつながりがない。しかし、中長期的な展望に立つと、この問題は、中央アジア、コーカサス、トルコを含むイスラーム圏の将来と密接に関係している。サアカシビリ政権の冒険主義がロシアの逆鱗に触れたところまでは、イスラーム圏とは関係ない。南オセチア問題は、言語的観点からの民族問題に近く、イスラームとの緊張関係の問題ではない。
問題は、ロシアの干渉が、アゼルバイジャンからグルジアを通過し、トルコから地中海に抜けるパイプライン(BTCライン)をロシアの影響下に置こうというエネルギー戦略を疑わせるところにある。BTCラインは、ロシアの影響力を排除しつつ、中央アジアからコーカサス地域で採掘される原油をトルコの地中海岸に出して、ヨーロッパなどに売るルートとなっている。他にも、グルジアから黒海に抜けるパイプラインもあり、グルジア自身は産油国ではないものの、エネルギールートとして、ヨーロッパにとっては幹線となっている。
コーカサス地域のなかで、アゼルバイジャンは国民の多数がシーア派ムスリムであり、かつ産油国である。90年代初頭のナゴルノ・カラバウ紛争に絡んで、ロシアがアルメニアを支援したことから、ロシアに対しては潜在的に強い反感がある。アゼルバイジャンでは、中央アジア諸国よりも、アゼルバイジャン語の使用が卓越しつつある。アゼルバイジャン語は、トルコ語に近く、実際、トルコでのトルコ語を話してもかなり通じる。ロシア語とアゼルバイジャン語は何の関係もない。ソ連時代の支配者の言語に対して、民族言語を使用する傾向が強まっているのは、独立後の当然の結果と言える。
バクー油田は枯渇しつつあるが、カスピ海内部の油田地帯の開発は続いており、カスピ海沿岸のイランやトルクメニスタンなども石油、天然ガスの主要な産地である。さらに、広大な国土を持つカザフスタンも、西側に資源を売却するには、グルジアを通過したルートを取らざるを得ない。BTCラインの送油量は日量で100万バレルと言われ、ペルシャ湾のホルムズ海峡の1600万バレルに比べれば少ない。
しかし、原油価格が不安定な現在、中央アジア、コーカサス産原油のヨーロッパへの供給ルートは、相当に重要な戦略的意味をもつ。ロシアが、ベラルーシへの天然ガス供給を停止したことで、西ヨーロッパへの天然ガス供給が不安定化したことは記憶に新しい。政治的関係からはロシアに近いベラルーシに対しても、ロシアは一種の敵対的行動に出た。まして、政治的にCISから離反し、NATOやEUへの接近を図るグルジアに対して、ロシアがエネルギー問題も含めて、首を絞めようとする可能性は充分にある。
中央アジア諸国は、アゼルバイジャンと共通する問題を抱えている。ソ連崩壊によって独立した後、国家のアイデンティティをどこに求めるかについて、いまだに確かな方向性が見えていない。キルギス、カザフスタン、トルクメニスタン、ウズベキスタン、としてコーカサスのアゼルバイジャンはトルコ語系の言葉を話すところから、広義の「トルコ民族」としての親和性が高い。タジキスタンだけはペルシャ語系のため、中央アジアでは、他国とのあいだに、民族的アイデンティティの観点からは距離があるが、ウズベキスタンなど隣国にはタジク人も住んでおり、良くも悪くも、隣人としての相互関係を有している。
難しいのは、ソ連時代から中央アジアに暮らすロシア人、強制移住された朝鮮民族との関係である。中央アジア諸国で、ロシア人や朝鮮民族とネイティブの民族とのあいだに対立が顕在化しているわけではない。しかし、潜在的には、ロシア人と中央アジア諸民族との関係は緊張をはらんでいる。国家間の政治的関係では、今のところ、ロシアと敵対していない。しかし、中央アジア諸民族はイスラーム教徒であり、独立後、宗教的アイデンティティが復活してくるにつれて、ロシア人との違和感は表に出てこざるを得ないのである。
特に、家族のあり方や、性的なことがらについて、ロシア人と中央アジアの諸民族とのあいだには、かなりの隔たりがある。簡単に言うと、中央アジアのムスリムから見ると、ロシア人は「不道徳な」民族に見えている。こういう日常的違和感は、政治的関係が緊張すると、一挙に噴出する。ロシアの政治的圧力に対抗する際に、宗教的アイデンティティが、イスラーム勢力によって強調されると、ロシアと中央アジアの関係は一気に悪化する。
ウズベキスタンもキルギスも、地理的にはアフガニスタンに近いことを忘れてはならない。アフガニスタンで起きていることが、中央アジアに飛び火しない保証はどこにもないのである。現状では、中央アジア諸国にせよ、アゼルバイジャンにせよ、政権は、ロシアとの関係をことさら悪化させようとしていない。これらの国の統治体制は、総じて権威主義的で、ソ連時代の支配方法を踏襲している。そのため、民主化は抑制されており、ロシアの権威主義的な統治と似ているため、ロシアにとっては「似たものどうし」であり、現体制が続くことを望んでいる。
しかし、今後、ロシアが中央アジアの資源に対して、川上から川下まで影響力を強化するようなことになると、中央アジア側の権威主義的体制が不安定化する結果をまねく。ロシアに鼻先を引き回されることになると、中央アジア諸国の政府も容認できないだろう。こうなると、反政府運動や民主化運動が、イスラーム復興運動のかたちをとって現れる可能性を否定できない。民主化要求が、宗教運動とは無関係だった点は、皮肉なことに、ソ連時代の遺産である。独立後、中央アジアやアゼルバイジャンが、独自の国民アイデンティティを立てようとすると、どうしても、イスラームを軸とするアイデンティティに傾斜せざるをえないのである。
今のところ、その兆しは顕著ではない。しかし、逆に、ソ連から独立して初代の政権を偶像化しようとする傾向はいずれの国にも強い。アゼルバイジャンが、なぜ、あそこまで初代大統領ハイダル・アリエフの権威にすがろうとするのか。空港から主要施設まで、みなハイダル・アリエフの名が付けられている。トルクメニスタンが、なぜそこまで、初代大統領、故ニヤゾフを神格化したのか。ニヤゾフは、存命中にトゥルクメンバシ(トゥルクメン人の首領)を名乗り、国民にもそう呼ばせていた。ウズベキスタンが、イスラム・カリモフの権威を高める演出をし続けているのか。豊かな資源をもつカザフスタンも、首都をアルマアタからアスタナに移すことによって、新たな国家建設を印象づけると同時に、政権そのものの正統性を批判する勢力を封じ込めた。キルギスは、独立後最初の体制を民主的な抵抗によって崩したかに見えたが、しょせん、通り一つ隔てれば、「革命」も「反政府運動」も関係のない日常生活がつづいている。すべて、政権を把握している人びとは、ソ連時代のノウハウに学んでいることは確かだが、それを次世代以降に継承するのは難しい。いずれの国も、ソ連と戦って独立を勝ち取ったわけではないので、初代大統領を「建国の父」としてカリスマ化すると、どうも滑稽な感をぬぐえないのである。
アゼルバイジャンの現大統領イルハム・アリエフ政権を見ているとよく分かるが、子どもの代になっても、先代の権威を誇張することによって、子どもの政権の正統性を控えめにアピールしている。権力の世襲に正統性がないことぐらい、当の国民たちも皆知っている。二代目が強権的な姿勢を強めると、民主化運動を引き起こす。しかし、民主化運動の担い手たちが、「何者」として自己をアピールするかが問題なのである。アゼルバイジャン人という民族主義なのか、より広範な連帯を持ちうるイスラームなのか。
現状では、アゼルバイジャンにイスラームが政治化していく動きはみられない。しかし、将来、確実に、イスラーム急進派が民主化を求めるという構図に傾斜していく。現在の体制がどのようなものであれ、民意の反映を要求するという文脈で、イスラーム復興運動が顕在化するのは時間の問題だろう。「民族」を掲げるには、どこか他の民族とのあいだに激しい抗争を経験し、その結果として、自民族の優越なり誇りなりを得ないと、国民アイデンティティとして確立することは難しいからである。
ウイグル独立運動と中央アジアの関係
オリンピックが開催される前後から、相次いで新疆・ウイグル自治区でテロが発生した。今の時点では、ウイグル人たちが、彼らの境遇を知って欲しいというデモンストレーションの域を出ない。中国政府の強い統制が働いている限り、新疆・ウイグル自治区全体を巻き込むような騒乱に発展することはないだろう。
しかしその一方で、昆明のバス爆破テロの後に「東トゥルキスタン・イスラーム運動」を名乗る勢力がVTRで犯行声明を出したことに注目している。組織の実態や、リアリティははっきりしない。しかし、彼らは、民族アイデンティティを出してくるにせよ、宗教アイデンティティを出してくるにせよ、国境を越えて、中央アジアからトルコまで、共通の言語をもち、共通の宗教文化を持っていることを軽視すべきではない。
中国の一地方としての「新疆・ウイグル自治区」という呼称は、中国政府による諸民族統治のなかで制度化されたものであって、ウイグル人自身の呼び名ではない。そして、この地域も石油を始めとする資源の宝庫である。漢族に資源を支配されることへの反発は、ウイグルという民族の分離独立運動として表面化すると考えるのが論理的だが、ウイグルからトルコまでの共通性が、トルコ系民族という民族性に軸足を置いたかたちで表面化するのか、それとも、アフガニスタンやパキスタンの情勢(いずれも中央アジアに隣接している)と共鳴するかたちで、イスラーム抵抗運動のかたちをとって表面化するのか。注目すべき点はここである。
バス爆破後の犯行声明のウイグル語は、トルコ語地域を専門にする私にも、妙にわかりやすいものだった。私自身はウイグル語を知らないが、何を言っているのか、理解できたのである。偶然かもしれないし、犯行声明を読みあげた人物が、トルコ国内や中央アジアのイスラーム勢力と連携していたから、他のトルコ系諸民族にもわかるような表現で声明を出したのかもしれない。懸念すべきは、連携がすでに成り立っている場合である。
トルコ国内のみならず、トルコ出身の移民が多いドイツにおいても、ウイグルの独立、中国による抑圧を批判する勢力は、一定の力をもっている。ウイグル独立運動のヨーロッパにおける拠点のひとつはドイツのミュンヘンにある。仮に、民族とイスラームとが合体したかたちで、西のトルコ系諸民族のあいだに、彼らが言う「東トゥルキスタン」の現状打開に連帯の動きが顕在化するなら、そのなかにも、イスラーム色の強い運動が勢力を伸ばす可能性はかなりある。
