2008年8月 9日
内藤 正典

トルコ、憲法裁判所判決でエルドアン政権は変わるのか?

憲法裁判所判決のインパクト
 7月末の憲法裁判所による違憲判断で、公正・発展党(AKP)は、解散はまぬがれたものの、政党助成金の半減という罰金刑を受けた。公正・発展党の、イスラーム顕在化路線が憲法に定められた世俗主義原則に違反するという判断でった。いわば、政党活動が違憲(有罪)とされたのだが、執行猶予(解散はさせずに罰金刑)となった。
 気をつけて行動しないと、公正・発展党は、再び同じ世俗主義違反で違憲に問われる可能性がある。当初、単独与党の解散請求ということから、まるで司法のクーデタのように見えたので、欧米・日本のメディアは、一様に、解散を回避したことを重視して報道した。確かに、与党を憲法裁判所が解散させるというのは尋常ならざる行為で、民主的な国家の司法は、通常、このような判断を下さない。その意味で、トルコは民主国家という評価を内外から得たので、その点では、評価すべき判決であった。

その後の行動
 では、公正・発展党は、従来のイスラーム顕在化路線を捨てられるのだろうか?判決の直後、公正・発展党の議員たちの中には、「これで二度と憲法裁判所に足元を掬われるようなことは起きまい」という楽観論が広がったが、そう簡単に事は運ばないだろう。これから8月30日までは、軍幹部の人事異動を含め、トルコ共和国の歴史に関わるイベントが続く。
 早速今週、ギュル大統領による、多くの国立大学の学長指名が行われた。毎年の年中行事だが、これがなかなか難題で、大統領は、高等教育評議会(YÖK)の推薦に基づいて指名する。しかし、そもそも高等教育評議会が各大学での投票で第一位の候補を第一順位で大統領にあげてくるとは限らないし、大統領は、高等教育評議会が第一順位で推薦した候補を学長に指名するとも限らない。実際、今回も、いくつかの大学で、学内投票では第二位の候補を大統領が指名している。イスラーム寄りの候補者を指名したとして、学内から辞任する教授が続出した大学もある。
 この点、与党、公正・発展党が主張する民主化路線とは矛盾する。そもそも、大学の学長を一々大統領が指名・任命するという制度そのものが、一歩間違えば、権威主義的体制と見られかねない。だが、問題はそもそも、学内での学長選挙⇒高等教育評議会の推薦⇒大統領による学長指名という順序で行われる任命手続きが民主的方法とは言えない点にある。
 前任のセゼル大統領は世俗主義派だったが、そのときは、どうもイスラーム寄りと見られた学長候補を選ばなかったから、ギュル大統領になって、イスラーム色のある学長を選んだとしてもお互い様ということになる。それでも、判決後、早々に行われた学長選考手続きで、やはりイスラーム色をもつ人材を据えたいという考えを持っているのではないかという疑念をもたれたのは確かである。

軍幹部の交代
 同時に、8月は軍幹部交代の時期である。人事異動のために開催される高等軍事評議会は、エルドアン首相を議長として行われるが、実際に、軍側の人事構想に政府が異を唱えることはない。今回も、イルケル・バシュブー陸軍司令官が、ブユク・アヌト参謀総長に代わって、全軍を統率する参謀総長に就任するほか、陸・海・空・ジャンダルマ司令官、各軍管区司令官などが異動となった。
 幹部人事で注目は、ブシュブー参謀総長に集まった。英紙のなかには、「氷の戦士」と評したものもあるが、おおむね、次期参謀総長が広い視野にたって、政府との緊張を緩和するのではないかという観測が欧米メディアの論調である。しかし、私は個人的には、バシュブー新参謀総長は、ブユクアヌト現参謀総長以上に、軍のプリンシプルに忠実にしか動かないだろうと推測する。ブユクアヌト参謀総長は、国民から親近感をもたれていた。熱狂的なフェネルバフチェ(サッカーチーム)のファンであることを公言するし、なかなかウィットに富んだ発言をする。しかし、二つの側面は堅持していた。その一つは、昨年の大統領選挙に際して、軍として「言葉のうえではなく、信念として世俗主義を堅持する候補者が大統領たるべきだ」と参謀本部のウエブサイト上に警告文を出し、軍が、世俗主義原則の決然たる守護者であることを繰り返し表明した。また、PKK掃討のためのイラクへの越境攻撃に関しては、政府からの攻撃指示がなければ、絶対に動かないことを繰り返し明言した。
 どちらも、トルコ共和国にとっての重要な憲法原則であり、軍が、いわば右顧左眄することなく、忠実な護憲派であることを明示したものと言える。これらの点について、バシュブー新参謀総長が、政権との間に妥協的な姿勢を示すとは考えられない。世俗主義の擁護、一にして不可分の共和国の防衛という観点では、バシュブー新参謀総長も、前参謀総長の路線を踏襲するであろう。
 ただ、異なるとすれば、最終的に軍が政治的な決断をする際に、より軍のプリンシプルに忠実に、かつ、決然とした行動を起こすだろうという点である。バシュブー新参謀総長は、軍の取り巻きを自認する国粋主義者や世俗主義者のジャーナリスト、知識人などとも一線を画そうとする。トルコ人は、一般的に、親しくなると、それなりに話の内容も立ち入ったことに言及するが、バシュブー新参謀総長は、どうやら、人との距離のとり方についても、厳格なプリンシプルを維持する性格とみられる。
 原則はこうだが、現状の政治状況からすると、どうもそこまで踏み込めるか・・・というような判断を迫られた場合、バシュブー新参謀総長は、状況判断よりもプリンシプルを重視する可能性がある。余談だが、6月の国際会議の際、軍主催でボート・ツアーが行われた。参謀次長の主催でドレスコードは「カジュアル」であった。主催者のエルギン・サイグン参謀次長(陸軍大将・次期第一軍管区司令官)は、ジャケットにノーネクタイ。参加するとは知らされていなかったブユクアヌト参謀総長は、スマートなジャンパー姿、バシュブー陸軍司令官は、6月というのにセーターを着込んでいた。後で分かったが、その日は、6月としては異例に寒く、雨も降り出した。バシュブー陸軍司令官(次期参謀総長)は、そういうときにも、準備万端怠りがないという印象を受けた。
 軍幹部の交代に伴って、例年、軍内部の規律違反によって何十人かの将校が軍籍を剥奪されるのだが、今回は一人も該当者がなかった。このこともトルコのマスコミの憶測を呼んでいる。エルゲネコン疑惑で元軍人たちも逮捕、起訴されていることもあり、軍が不適格者を何人、どういう理由で軍籍剥奪に出るかが注目を集めていたときだけに、該当者なし、という決定は、世俗主義の野党、共和人民党(CHP)から批判された。軍が政権と妥協的になって、揉め事を起こしたくないのではないかという憶測を呼んだのである。これに対して、軍は、強い調子で反論する声明をだした。手続きを踏んで、今回は該当者なしとしただけで、一切、政治的意図はないというのである。
 エルゲネコン疑惑の捜査の手が軍内部に波及する可能性もトルコ・メディアによって示唆されているところから、司法の捜査を注視していると見るのが妥当かもしれない。

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