2008年7月31日
内藤 正典

公正・発展党に対する解散請求却下(速報)

憲法裁判所、公正・発展党解散請求を却下
 7月30日、トルコ憲法裁判所は、共和国検察庁検事総長から起こされた、与党、公正・発展党(AKP)に対する解散請求訴訟、およびギュル大統領、エルドアン首相ら同党政治家の政治活動禁止請求を却下した。11人の憲法裁判所判事のうち、解散請求を是としたのが6人、否としたのが1人、残り4人は、公正・発展党に対する政党助成金を剥奪させるという判断を示した。その結果、憲法裁判所は合議の結果、「公正・発展党に対する政党助成金を2分の1に減額する」という決定を下した。
判決の意味
 ハシム・クルチ憲法裁判所長官は会見で次のように述べた。「憲法の定める政党解散に必要な賛成票7に達しなかった。すなわち解散請求は却下された。しかしながら、判決は公正・発展党に対する政党助成金の半減を求めており、同党に対し重大な警告を発した。同党が、この警告の意味することを理解するであろうことを信じている」
 従って、①憲法裁判所としては、これまでの公正・発展党による「イスラーム化」政策が、憲法の定める世俗主義条項(第2条)に抵触するものとして「違憲」という判断をした。②しかしながら、今日の政治・社会・経済的状況から、民主国家において政党解散がふさわしくない。③その結果、重大な警告として「政党助成金の半減」という結論に達したということになる。
 判決では、個々の政治家に対する判断は、個別に訴訟で争われるべきことがらとして判断を示さず、政党解散に関する点に絞っている。クルチ長官の記者会見は、苦渋の色を強くにじませたもので、今日のトルコ情勢が極めて緊迫していることを示した。会見の第一報を伝えたトルコ各紙によると、長官は「憲法に反する憲法改定が行われたが、(かといって、改憲を行った)政党を解散させることはできない」と指摘している。
 これは、6月5日に憲法裁判所が下した判決と関連している。先に公正・発展党政権は、大学での女子学生のスカーフ着用を解禁すべく、関連法案と憲法改正を議決した。しかし、野党が憲法裁判所に提訴し、憲法裁判所は、スカーフ解禁のための憲法第10条、第42条の改定を違憲とする判断を下したのである。第10条、第42条の改定とは、要約すると、第10条が「民族、宗教(信仰)、思想信条ゆえに【あらゆる公的役務において】差別を受けない」、第42条が「【法によって明示されていない、いかなる理由によっても】高等教育を受ける権利を奪われない」(【**】が改定部分)というもので、憲法第2条で規定されている「トルコは世俗主義の国家」という条項に明示的に違反するものではなかった。にもかかわらず、6月5日の判決で、この改定を違憲としたのは、従来、「世俗主義原則によって禁じられていた大学での女子学生のスカーフ着用を解禁するため」という改憲の意図を忖度してのことであったと考えざるを得ない。
 その意味では、今回の判決もまた、純粋に憲法判断をしたというよりも、今の状況では、憲法上の規定として政党を解散することは可能だとしても、あまりに失うものが大きいという政治的な判断を含んでいるようにみえる。解散請求に唯一反対票を投じたのは、クルチ長官自身である。パスクト副長官は賛成している。
 トルコの憲法裁判所での違憲審査では、判決の前に、委嘱を受けた憲法学者がラポラトゥール(報告者)として、見解を述べる。今回も、事前にラポラトゥールの報告が出たが、それは公正・発展党の解散に反対する主旨であった。クルチ長官は、会見でラポラトゥールの報告を尊重したことを述べたが、この報告が出たころから、トルコ国内では、政党解散まではいかないのではないか、という観測もあった。過去1年のあいだに、トルコは、あまりに困難な政治課題に直面していた。昨年は、北イラクに拠点をもつPKK(クルディスタン労働者党)によるトルコ軍および市民に対するテロ・攻撃が激化し、昨年末から今年2月にかけて、トルコ軍はイラク領内に越境して掃討作戦を行った。
 昨年の大統領選挙では、与党の議席数が第1回投票で大統領を選出するだけの数がないことに着目した野党、共和人民党(CHP:世俗主義+国家主義)が、憲法裁判所に選挙の無効を求めて提訴した。憲法には、大統領選挙のための定足数の規定がなかった点を突いたのである。しかも野党は大統領選挙をボイコットした。憲法裁判所は、この訴えを認めたため、与党は、野党がボイコットを続ける限り、未来永劫大統領を選出できないという異常な事態となり、エルドアン政権は議会を解散し早期総選挙が実施された。ちょうど1年前の7月に行われた総選挙でも、エルドアン率いる公正・発展党は47%の圧倒的支持で勝利した。この混乱のもとになったのも、実は憲法裁判所の決定であった。当然、憲法裁判所は、与党側からの強い批判にさらされた。
 さらに、昨年から、続々と逮捕者を出してきた政府転覆の陰謀が、先週25日に立件され起訴状が公開された。この陰謀は、コードネームで「エルゲネコン」と呼ばれ、元軍人、実業家、学者、政治家などからなる国粋主義者や世俗主義者が、エルドアン政権を混乱に陥れるために、首相、軍参謀総長、ノーベル賞作家、クルド政党党首などを軒並み暗殺し、社会を大混乱に陥れて、クーデタへの道を拓く(起訴状による)という途方もないものである。真偽は公判を経ないと分からないが、このような大陰謀があることは、与党側から指摘されていたため、政敵に対する与党側の反撃ではないかという疑惑も招いた。
 過去5年間で、年8%ちかい経済成長を達成し、国民に安定感を与えてきた公正・発展党としては、テロはもちろんのこと、このような不安定要因を抱えていては政権運営が困難となる。ここまで、物騒な話が飛び交う背景には、国内にあるエルドアン政権に対する深い不満がある。不満は主として2点に要約できる。一つは、世俗主義派からのもので、言うまでもなく、エルドアン、ギュル体制の公正・発展党がイスラーム主義的傾向を強めていたことによる。もう一つは、エルドアン政権が、イスラーム色を出すと同時に、アメリカとの協調体制を強めようとしていたことへの国粋主義的な不満である。EU諸国が、加盟交渉条件ではないキプロス共和国(ギリシャ系)承認問題を持ち出して、EU加盟交渉をブロックしようとしたにもかかわらず、エルドアン政権は粘り強く交渉を継続している。このことも、国粋主義者にとっては大きな不満の原因となっている。
 そこで、従来、あまり親和性のなかった国粋主義者(トルコ民族主義者のなかで、とりわけ国粋主義的傾向の強い勢力だが、イスラームはトルコ人をトルコ人たらしめる重要な要素と考えるので、世俗主義派とはそりが合わない)と世俗主義者が連携して、公正・発展党を批判するという構図を作り出した。政党間の関係で言えば、世俗主義政党の共和人民党と国粋主義の民族主義者行動党は、本来、その意味で親和性が低いのだが、圧倒的支持を受けた公正・発展党に対抗するためには、一定の協力関係を持たざるを得ない状況だったとも言える。
 国民の側は、空前のバブル経済のなかで、「繁栄」を壊さないで欲しいという思いが強いため、体制イデオロギーとしての世俗主義を金科玉条のように繰り返す共和人民党を見放しつつある。他方、PKKによる攻撃が激化したことで、民族主義者行動党は支持を拡大した。
 だが、一国主義的な国粋主義を振りかざすことは、現政権に対する不満を吸収できても、今日の国際情勢のなかで、トルコの戦略的位置を高めることにはつながらない。野党勢力の側にとっては、手詰まりの感が強かったのである。
民主主義vs.国家原則
 しかしながら、トルコという国にとっては、この状況が抜き差しならない意味をもってしまう。選挙の結果、民意が公正・発展党を支持したのだから、その政策に従えばいいかというと、そう簡単にはいかないのである。トルコは、ヨーロッパ列強との死闘をへて独立した国であるため、二度と、国民や国土が分割されたり分断されることを許さないことを憲法で明示している。それが、「絶対不可分」と「世俗主義」の原則である。これらの原則は、憲法第4条で、「改正不可」「改正の発議も禁止」と規定されているため、いかに民意を受けたとはいえ、いかなる政党も、これを犯せない。この条項を変えてしまうと、トルコ共和国のレジームが根底から変わることになるのである。
 しかし、公正・発展党政権は、二期目(2007年~)で、このレジームに挑戦する姿勢を打ち出した。世俗主義原則について言えば、現行憲法の規定は、フランス型の絶対的政教分離だが、これを宗教が公の領域に関与できるアングロサクソン型(典型的なのはイギリス、オランダ)に変えようとしたのである。簡単に言えば、フランスではキリスト教政党は認められないが、オランダではキリスト教政党がある。フランスでは国家の教会など絶対に認めないが、イギリスには国教会が存在する。フランス型から、イギリスやオランダ型に舵を切ろうとしたのである。だが、これは、どうしても現行憲法の世俗主義の主旨には反する。簡単に言えば、フランスがイギリスになれるわけはないのである。
 欧米諸国は、今回の訴訟を「司法による民主主義への挑戦」とみなしていたが、事態はそれほど単純ではない。欧米のキリスト教社会では、いまさら教会が露骨に国政に介入することは、フランス型だろうが、アングロサクソン型だろうが、ありえない。しかし、教会制度をもたないイスラームでは、「民意」が、「教会」と同じ機能をもつので、政教分離はもともと困難なのである。
 トルコは、イスラーム圏にあって、それを唯一、国家の力、憲法の力で実現した。いわば、力で国家と宗教を分離してきたのである。ムスリムの社会は、民意に委ねれば、必ず、イスラーム化の方向に向かかう。。これは、イスラームという宗教がもつ本質的な性格によるものであって、政策によるものではない。したがって、欧米の論調のように、この訴訟が民主主義への挑戦だと簡単には言い切れないのである。EU諸国は、今回の憲法裁判所が解散を却下したことを一様に歓迎しているが、イスラーム社会の本質を見落としている。エルドアン政権自身、今回の判決を受けて、はっきりと世俗主義を緩和する方向、すなわちイスラーム化の方向に舵を切ることは難しくなった。穏健な状態で歯止めがかかったのは良いことだ、というのがEU諸国の見方だが、政権自体が、より急進的なイスラーム主義者の挑戦を受ける結果をまねく可能性は高い。今後、バブル経済が崩壊すると、夢を裏切られた民衆は、必ず、急進的イスラーム主義に引き寄せられるからである。
 
 
 

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