2008年7月29日
内藤 正典
トルコ同時テロ事件
7月27日の同時テロ事件
2008年7月27日、イスタンブルで爆弾テロ事件が発生した。最初の爆発から数分後に第二の爆発が起き、二回目の爆発で多くの犠牲者が出た。最初の爆発に驚いた人々が飛び出してくるのを見計らって破壊力の大きい二発目を爆破させたことは、このテロが周到に計画されたものであることを示している。28日の時点で、死者は17人、負傷者は100人以上と伝えられた。
犯行現場は、イスタンブル市の西の郊外で、今のところ、「場所」が犯行の意図とどう結びつくのかはわからない。犯行日時に関しては、根拠の有無とは関係なく、二つの重大な政治的事件の前後に発生したことは事実である。
その一つは、7月25日にエルゲネコンというコードネームで呼ばれてきた大規模な陰謀事件の起訴状が公開されたことである。2007年以来、トルコのメディアをにぎわせてきた「エルゲネコン疑惑」は、その内容が公にされないまま、疑念だけが膨らむという危険な様相を呈してきた。今年に入って、検察庁が与党、公正発展党の解散とギュル大統領、エルドアン首相をはじめ71人の同党の政治家に対する5年間の政治活動禁止を求める訴訟を憲法裁判所に起こしてからは、「エルゲネコン疑惑」に絡むジャーナリストや元軍人の逮捕そのものが、政権による政党解散訴訟への反撃とみる傾向が強まった。逮捕されたなかに、エルドアン政権の親米色(イスラーム政党ではあるが親米的政策が強い)を批判してきた国粋主義者、エルドアン政権がイスラーム色を出していることを批判してきた世俗主義派のジャーナリスト、学者などが含まれているからである。
しかし、25日に明らかにされた起訴状によると、エルドアン首相、ブユクアヌト参謀総長、ノーベル文学賞受賞者のオルハン・パムク、クルド政党の党首、イスタンブルのギリシャ正教、アルメニア教会の代表などまで暗殺対象となっていたという。真偽は、今後の審理で明らかにされるだろうが、この起訴状を見る限り、トルコ国内で敵対ないし緊張関係にある各勢力のトップを暗殺することで、疑心暗鬼を掻き立て、社会を混乱に陥れたうえで軍の介入を誘うというクーデタ計画だということになる。
それが25日に明らかにされた直後であるところから、「エルゲネコン疑惑」が真実であるなら、その計画の支持者が犯人であっても不思議はない。この場合は、極めて国粋主義的なトルコ民族主義者が疑われる。世俗主義急進派というのは、そもそも「存在」として考えにくい。世俗主義は建国以来の体制イデオロギーだから、急進化する理由がないのである。したがって、犯行グループを急進的世俗主義派と考えることは難しい。
現在のトルコにおいて、極端な国粋主義者とは、いかなる組織・人物像であろうか。たしかに、一連のエルゲネコン疑惑で逮捕された人々のなかには、たとえばアンカラ商工会議所会頭であったシナン・アイギュンのように、大物実業家(といってもいかなる事業で頭角を現したのか、どの企業の経営者であるのかは判然としないという実に奇妙な人物である)が、国内撹乱のための資金提供を疑われているケースもある。暗殺・テロの容疑がかけられた中には、労働党という政党の党首や関係者がいる。元々、その名が示すとおり、労働者の利益を代弁する左派政党にみえるのだが、彼らは同時にトルコの労働者の声を反映させるという名分から、国粋主義の極右とみることもできる。
トルコの政治分析において、外部からみると極めてわかりにくいのが、「自称左派」が恐ろしく国粋主義、百歩譲っても教条的な国家主義者であるケースがよくみられる点である。国粋主義者、国家主義者といえば、通常は、右派、ないし極右に張られるレッテルだが、トルコの場合には、そうはいかないのである。トルコ共和国に対して反国家主義を公然と唱える、過去のテロでも実行犯とされてきたのは、①イスラーム急進派(トルコという国などどうでもよい。必要なのはムスリムの連帯であるから国家主義には否定的)、②そもそも「トルコ人」たることを拒否するクルド分離独立派、③急進的共産主義者勢力ということになる。だが、③は冷戦後、実体としては勢力を失っている。
逆に言えば、この三者に対して国粋主義者は、激しく「売国奴」と非難する。彼らの中には、中央アジアのトルコ系諸民族との連携を主張する者たちもいる。ウイグル(東トルキスタン)からトルコまでを、巨大な兄弟の文明と認識しているから、エルドアン政権が米国と協調し、トルコ国民と国家が米国に操られているとして、激しい反発を示す。
他方、事件の翌日、すなわち28日は憲法裁判所において、上記の与党解散請求訴訟の審理開始の日である。すでに、起訴状は開示され、被告である公正発展党側の反論書も提出されている。本件に関する憲法裁判所指定のラポラトゥール(報告人)の意見も提出された。後は、口頭弁論が開始されるのだが、その日が28日だったのである。
与党解散訴訟との関連
もし、この審理開始とテロ事件とのあいだに何らかの関連があるのならば、それはいかなるものだろうか。訴訟自体は、世俗主義を支持する共和国検察庁によって提起され、憲法判断を行う憲法裁判所で審理される。トルコの場合、憲法上の異議は、直接憲法裁判所で審理されるため、下級審からの控訴・上告によらない。従って、ここで訴追されている71人の政治家の言動が憲法の世俗主義条項(第2条)に違反し、その違反が、公正発展党という政党の性質に基づくものだと判断されると、政党も解散に追い込まれる。
外国では、「政党解散」の面が強調されているが、起訴状には、同時に、ギュル大統領、エルドアン首相を始めとする個々の政治家のこれまでの言動・政治活動に憲法違反があり、政治活動の禁止を要求している。問題となっている言動が、公正・発展党という組織と密接に関係しているから、政党の解散を求めるというのが起訴状の論旨である。
この訴訟とテロが関連するならば、欧米メディアが示唆するように、イスラーム急進派が起こした可能性はあるのか。現時点で犯行グループが特定されていない以上、その可能性は否定できない。ただし、その場合、「理由」を冷静に検討する必要がある。公正発展党のエルドアン政権は、イスラーム色を打ち出しており、2007年7月22日の総選挙で圧勝(47%得票)して以来、イスラームを公的領域で可視化させる政策を実現しようとした。その代表的なものが、従来、憲法の世俗主義条項を理由に禁止されてきた「女子大学生のスカーフ、ヴェール着用の容認」であった。これを容認するために、憲法の第10条および第42条を改正し、各々「法に別段の定めがある場合を除き、宗教(信仰)によって差別を受けない」「あらゆる公的役務において、宗教(信仰)を理由に差別を受けない」という規定を設けようとしたのだが、これが6月4日に憲法裁判所から違憲との判断を受けた。
実際、違憲判決後、全国の国立大学(私立大学は同調したところとしなかったところがある)で、一度は解禁されていたスカーフが再び禁止され、女子学生は校門の前の守衛所でスカーフをはずすことを求められた。
このような動きは、確かに、イスラーム主義者の強い不満を引き起こす。その延長線上に公正発展党の解散請求訴訟があるのだから、イスラーム主義者の過激派が、訴訟そのものに暴力的警告を発する意図でテロを起こすことは可能性として排除できない。
しかし、他方、このテロがエルドアン率いる公正発展党政権の治安対策が不十分との批判を招くことは必定であり、エルドアン政権そのものがテロによって甚大なダメージを受けることになる。イスラーム政党にダメージを与えることも辞さないテロは可能だろうか。この点で、欧米のメディアの分析はいささか単純である。
論理的に言えば、イスラーム過激派による犯行説は可能性をもっている。しかしそれは、与党への解散訴訟に敵対する目的だとすると与党への打撃と矛盾するので、異なる「理由」がなければならない。それは、エルドアン政権の対米・対欧協調路線である。
エルドアン政権は第一期(2002~2007年)、第二期(2007年~)を通じて、一貫して対米協調路線を崩していない。むしろ、バブル経済を支えるために、米国からの政策的資金注入を期待してきたところであり、米国のイラク政策に対しても協調的であった。
昨年、北イラクのクルド自治区に拠点を置き、トルコのクルド人の分離独立を掲げてテロ・武装闘争を行ってきたPKK(クルディスタン労働者党)の攻撃が活発化した際、国内にはPKK掃討のためにイラク領内への越境攻撃を敢行すべしという世論が高まった。軍部も、PKKによるテロを撲滅するには、越境攻撃が必要であることを繰り返し主張した。結果的に、昨年10月17日に大国民議会は、越境攻撃の全権を政府に委任し、政府は40日あまりたった11月28日に軍に対して越境攻撃の指示を下した。12月1日、16日を中心とする空爆、そして2008年2月には地上部隊も進攻した。
しかし、この越境攻撃に対しても、エルドアン政権は慎重な姿勢をとり続けた。「まず国内のテロリストを掃討するのが先決だ」「PKKを敵とするも、北イラクのクルド自治政府を敵としない」とし、イラク中央政府との交渉を継続してきたことは、アメリカによるイラク統治と再建計画を容認していたことを示している。実際、米国のみならず諸外国からの資金調達によってバブル経済を支えているエルドアン政権にとっては、隣国イラクとの国境貿易も重要な取引であって、PKK問題を理由にそれを途絶させるオプションは採らない方針を固めていた。
このようなエルドアン政権の対米協調路線に不満をもつイスラーム急進派は、当然存在する。いわゆるアル・カーイダ系の過激派は、すべてアメリカによるイラク戦争とその後の統治に一切の正当性を認めないのだから、イラク再建に協力的なエルドアン政権は、その意味で、イスラームの敵と断じられる可能性をもっている。
イスラーム急進派がテロに関わるとすれば、エルドアン政権による「穏健なイスラーム化」が、実は「対米協調」と表裏一体をなしていることに強く反発する、いわばエルドアンと公正発展党を「背教者」として断罪する勢力ということになる。実際、この種の組織は国際的なイスラーム過激派にはいくらでも存在するから、それらに連なるトルコ国内の個人もしくは地下組織が犯行におよぶ可能性は充分にあると言えよう。
誰が実行犯として明るみに出たとしても
このような状況下では、検察と政権が、どこか特定の組織に犯人のレッテルを貼ることは可能である。エルゲネコン疑惑にしても、逮捕・起訴された人物が、何をどこまで画策したのかが明示されなてこなかった。 25日に発表された「エルゲネコン疑惑」起訴状は全部で2500ページにおよぶのだが、疑惑の全容を暴いたとも見えるし、個々ばらばらの事案を強引に「エルゲネコン」の名の下に結びつけたようにも見える。
いずれにせよ、このような壮大な陰謀計画があったとなると、トルコ社会は、いよいよ党派性を表に出した政治活動の季節を迎えることになる。仮に、与党解散が決まれば、解散・総選挙ということになるのだが、そのときには、各政党が、トルコの将来像をどう描いているのかが提示される。そのときに、今回のテロやエルゲネコン疑惑を検証するなら、厄介なこの陰謀説に対するリアリスティックな分析視角を提示することも可能になろう。
PKKの関与
最後に指摘しておきたいのは、今回の事件とPKKの関係である。これまでにも激しくトルコ軍・トルコ市民を攻撃のターゲットにしてきたPKKは、当然、今回のテロでも疑われている。上記に示したのは、PKKではない場合の可能性であって、PKKの関与を否定するものではない。実際、夏になると観光収入に打撃を当てるために、地中海、エーゲ海地域の観光地でも散発的にテロを繰り返してきた。今回使用された爆薬が強力かつ比較的新しいタイプのものではないかという報道もあり、イラク駐留米軍から武器が横流しされたとされるPKKの犯行をうかがわせる要因となっている。しかし、PKKが犯行グループなら、事件発生直後から、その線で政府側が発表するのが通例である。二日たっても、犯人像を明らかにしないところから、PKK以外の組織による犯行という線を捨てきれない。ただし、政府は、そう予測されることを当然読みきって動いているはずであるから、あえて沈黙しているのかもしれない。
