2007年12月26日
内藤 正典
トルコ越境攻撃の意味するもの
2月1日、トルコは北イラクに拠点をおく武装組織PKK(クルド労働者党)に対する越境攻撃に踏み切った。16日には大規模な空爆により、イラク領内にある複数のPKKの拠点を攻撃した。
PKKは、トルコに住むクルド人の分離独立を掲げる共産主義ゲリラで、90年代にトルコ軍と激しく衝突し多くの犠牲者を出したが、その後活動は沈静化していた。ところが、イラク戦争後、米国に協力してきたクルド自治政府を通じて、資金や武器がPKKの手に渡ったことで活動が再燃し、昨年来トルコに越境してテロ攻撃を繰り返してきた。この一年で犠牲者は百人を超えている。
トルコ軍は、夏前からイラクとの国境に部隊を展開し、トルコ領内での掃討作戦を続けたが、拠点がイラク領内にあるため、問題の解決にはイラクへの越境攻撃が必要とされてきた。10月半ば、国会は越境攻撃を承認し、決定権を政府に委ねた。そして先月28日、政府は軍に攻撃指示を出した。
この間のトルコ政府の対応は慎重なものだった。相次ぐテロや兵士の死に、トルコ国内世論は沸騰し越境攻撃への待望論が強まった。しかし、政府も軍も、越境することによって何を得て、何を失うかを冷静に検討した。トルコ軍参謀総長は、越境した先で戦う相手がPKKだけなのか、それともクルド自治政府の治安部隊なのか、米軍なのかと問うた。この問題を政治的にクリアしなければ国軍を越境させることはできないとしたのである。政府もまた、越境攻撃がもたらす原油価格の高騰など経済への悪影響や、同盟国である米国との関係、加盟交渉を続けるEU(欧州連合)との関係を悪化させることなく、ピンポイントでテロ組織のPKKだけを壊滅させるための努力を続けた。
11月2、3日イスタンブールで開かれたイラク復興支援国会合でライス米国務長官と協議したうえで、エルドアン首相は軍の最高幹部をともなって5日に訪米し、ブッシュ大統領との会談に臨んだ。トルコは、あくまで単独行動を避け、イラク政府はもとより、米国との協調姿勢を崩さなかった。
北イラクのクルド自治政府は、最後までPKKの取り締まりに協力しなかったが、国際的な包囲網の形成には抵抗できなかった。12月1日に発表されたトルコ軍参謀本部の声明では、北イラクのクルド系住民を敵としないが、越境攻撃に際して反撃する集団には応戦することが明記されている。クルド自治政府を率いるバルザーニ議長が、このうえさらにテロ組織を擁護するならば、国内で唯一治安が良好とされたクルド自治区を自ら不安定化させることになる。それは、イラク再建と米軍撤退のシナリオを壊しかねない。
12月16日の大規模空爆後、クルド自治政府のバルザーニ議長、イラク中央政府のタラバーニ大統領ともにトルコを厳しく非難した。しかし24日、エルドアン首相はブッシュ大統領と電話会談をおこない、PKKが「両国共通の敵」であることを確認し、攻撃が米国の支援によるものであるとトルコ側は強調している。トルコ軍は、越境攻撃後に発表した声明で、攻撃が「情報の共有」によってなされ、「米軍側がイラク領空の制空域を開放した」ことによって実現したことを明らかにした。
テロとの戦いには、軍事力の行使だけでなく、テロ組織への参加者をなくすための政治的、経済的、社会的対策が欠かせない。PKKの戦略は、トルコ軍を襲撃することによってイラク側に越境攻撃するよう仕向け、テロとの戦いを、トルコ対クルドという民族間の対立にすりかえることにあった。テロ組織の挑発に乗らず、可能な限りの外交努力とともに、自衛権の行使に必要な法的根拠を一歩ずつ踏み固めて越境攻撃を行ったトルコの姿勢は、中東の安全保障において必要なプロセスとは何であるのかを示した。